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「トロン:レガシー」 VFX 三橋忠央 氏 Interview Mayaをプラットフォームに創る、究極のデジタル・ヒューマン

Digital Domain 「トロン:レガシー」 VFX 三橋忠央 氏 Interview  Mayaをプラットフォームに創る、究極のデジタル・ヒューマン
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1982年、世界で初めてCGを本格導入したSF映画「トロン」は、その革新的映像が大きな話題を呼んだ。そして、28年後の2010年、続編「トロン:レガシー」が世界的な大ヒットとなっている。この最新作も飛躍的進化を遂げた華麗なCG映像が話題だが、実は言われなければ気づかぬような箇所で重要な役割を果たしている最先端CG技術がある。本作には前作で主役を演じた俳優が出演しているが、既に60歳を超えているにも関わらず、かつてのままの若々しい姿なのだ。これこそ、30年前の顔をCGで完璧に再現した、最先端のデジタル・ヒューマンである。今回は、Autodesk Mayaを駆使してこの奇跡的映像を造り出した、デジタル・ドメインの三橋忠央氏にお話をうかがった。

名優の"30年前の顔"を再現するデジタル・ヒューマン

Digital Domain Lead technical Director 三橋忠央氏
Digital Domain
Lead technical Director
三橋忠央氏

----"30年前の顔"の再現が今回のチャレンジだったと聞きましたが?

三橋氏:ご承知の通り「トロン:レガシー」という作品は、今から28年前に公開されたSF映画「トロン」の続編で、前作で主役を演じたジェフ・ブリッジス氏が再び登場しています。しかも、この新作で、彼はある理由から当時のままの姿を保っている、という設定になっています。しかし、前作の撮影当時30代半ばだったブリッジス氏も、現実にはすでに60代。けっこうアクションもある役なので、ブリッジス氏本人が若返りのメイクをして演じるのは現実には難しいだろう、ということになりました。そこで、30代半ばの頃の彼の顔を、デジタルで徹底してフォトリアルに再現し、これを若い俳優が演じた身体と合成して使うことになったのです。本物と見分けがつかないほどリアルに、つまりフォトリアリスティックに造り上げたCG製の人体、いわゆるデジタル・ヒューマンの技術です。

----有名俳優の20数年前の顔なら見本素材は豊富そうですね?

三橋氏:そうですね、一流のハリウッド俳優ですから、出演作もたくさんありますよ。しかし、出演作が多いということは、30代半ばの頃のブリッジス氏を見て記憶している観客がたくさんいる、ということです。そのため、デジタル・ヒューマンを作る上でのターゲットも非常に明確なものとなり、そこから少しのズレも許されない、という難しさがありました。また、以前手がけた「ベンジャミン・バトン」という作品では、80代のブラッド・ピット氏という年老いたキャラクターのデジタル・ヒューマンを制作しましたが、前述の通り今回はキャラクターが30代の若さです。よりフレッシュな、より血の通っている感じが伝わってくるような映像へいかにして到達するか、という点でも非常に大きなチャレンジでしたね。

----ジェフ・ブリッジス氏の若い頃の映画もご覧になりましたか?

三橋氏:ええ、研究の一環として出演作はたくさん見ましたし、彼の写真の切り抜きなども自分のデスク回りにいっぱい張って研究しました。しかし、彼は名優なので出演作ごとに顔が全然違っているんです。髪形も毎回まったく違うみたいだし、それこそ別人と言いたくなるくらい。その意味でも非常に難しかったですね(笑)。もちろん仕上がりのデジタル・ヒューマンは、ブリッジス氏本人もチェックしてOKしています。まあ、契約で文句が言えなかったのかもしれませんが......(笑)。でも、これまで何人もの俳優さんの顔を作りましたが、皆さん好意的に受け止めてくれていますよ。スターからダメ出しされて作り直しになった、なんて経験は今のところありません。

----完成した「トロン:レガシー」はもうご覧になりましたか?

三橋氏:もちろん見ました。想像以上の仕上がりで、自分が制作に参加したこととはまったく関係なく、純粋に楽しめる作品でしたね。すごく上質なエンターテインメント作品に仕上がったな、と感じています。前作の「トロン」が公開された時の衝撃は凄いものがありましたが、今回の「トロン:レガシー」の映像も、「トロン」シリーズの名に恥じない高品質なものになったと思います。ぜひ多くの方に劇場でご覧いただきたいですね。

マトリックス、ベンジャミン・バトン、そしてトロン:レガシーへ

----三橋さんの肩書きのテクニカル・ディレクターとはどんな職種でしょうか?

三橋氏:まず私が勤務しているデジタル・ドメインについて紹介しましょう。当社はいろいろな映画でVFXを主体とする映像制作を行っており、アカデミー科学技術賞という権威ある賞も受賞しています。これは映画界への科学的、技術的な貢献に贈られる賞で、様々なソフトウェアの開発実績が評価されました。それから私の肩書きのテクニカル・ディレクターというのは、簡単に言うと、科学、数学等を研究する技術者たちと、映画を作るアーティストたちとの間を繋ぐようなポジションです。どちらからもいろんな刺激があって、とても面白い職種ですよ。

----デジタル・ヒューマンへの取り組みはいつ頃から?

三橋氏:実はデジタル・ドメインに入社する以前からなんです。私はサンフランシスコの美術大学の修士課程でコンピュータアートを学び、卒業後すぐにCGアーティストとしてハリウッドで働き始めたんですが、最初に関わったのが「ミッション・インポッシブル2」で、次が「マトリックス・リローデッド」と「マトリックス・レボリューションズ」でした。マトリックス2本はほとんど同時進行で並行して撮影し制作していたんですが、これがデジタル・ヒューマンに取り組む上でのポイントとなった作品として印象に残っています。そして、その実績を買われてデジタル・ドメインに移り、先ほども話に出た「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」に携わりました。この「ベンジャミン・バトン」も私にとって非常に重要な作品で、今回の「トロン:レガシー」で使ったテクニックも、ほとんどはこの「ベンジャミン・バトン」で開発したものがべースとなっています。

----個々の作品におけるお取り組み内容をご紹介ください

三橋氏:「マトリックス・リローデッド」が、最初にデジタル・ヒューマンに挑戦した作品です。主人公ネオやエージェント・スミスを作りましたが、当然参考になるような資料もほとんどなく、ベースとなる技術開発やシステ厶・ツール作りから始める必要がありました。たとえば「ユニバーサル・キャプチャ」と呼ばれるマーカーレスのフェイシャル・キャプチャ・システ厶や、マテリアル表面の反射特性(BRDF)を計測してレンダリングに生かす技術、自社開発した髪の毛のスタイリングツール等もこの時のものです。次はシリーズ完結篇の「マトリックス・レボリューションズ」。前述の通りこの2作は同時進行だったので、基本的には同じ技術を使っていますが、「レボリューションズ」では、クライマックスでスミスのクローズアップのフルCGショットがあります。私たちが「スーパーパンチ」と呼ぶこのショットでは、主人公の強烈なパンチでスミスの顔面がモーションキャプチャできないほど激しく変形します。当時フルCGキャラクターをこんなに大きくクローズアップした例はほとんどなく、大変な冒険でした。強烈な顔面の変形は完全な手付けモーションです。

----そして「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」で転機を迎えられた

三橋氏:「マトリックス」もそうでしたが、「ベンジャミン・バトン」では、「これほどの作品に携われるチャンスは二度とないかも知れない」と感じながら作っていました。だから"良い結果を得るためこう修正しなければならない"ということが見えたら、通常は担当の上司等に話を通し「YES」をもらってから担当者に修正してもらう手順を踏みますが、この時はとにかくプロジェクトを成功させることを最優先。直接依頼し、断られたら自分で勝手にやってしまうくらいの勢いで、迷惑がられても全然気になりませんでした。これは私に限らず、携わったスタッフ・キャストみんなに共通するものだったようです。

----それほどの気持ちにさせるとは、どんなチャレンジだったのですか?

三橋氏:この作品の主人公は80歳の老人として生まれ、成長と共に徐々に若返っていきます。一番のチャレンジはこの主人公、すなわち"80歳のブラッド・ピット"を作ることでした。たとえば「マトリックス」のネオもスミスも"実物"がいますから、私たちはそれを目標にすればいいわけです。極論すれば彼らの顔をキャプチャして、そのままデジタルで作ればよかった。しかし"80歳のブラッド・ピット"は誰も見たことがないし、計測しようにも実物がないわけです。実際に"現在のブラッド・ピット"を測ってみても、それは私たちが目指しているターゲットとは違うものなんですね。

「ベンジャミン・バトン」の挑戦とデジタル・ヒューマンが目指すもの

----では、ブラッド・ピット氏をキャプチャしなかったんですか?

三橋氏:いえいえ、もちろん測りましたよ。本人をキャプチャーするのは絶対欠かせない大切な部分です。ただ、この場合はキャプチャしたデータも一部しか使えなかった。というか、使えないデータの方がはるかに多くて、むしろキャプチャでは捉えられず、それ以外の方法で埋めていくしかない部分が非常に多かった。それはピット氏本人のニュアンスというか、たとえば笑い方や動き方など、人それぞれ異なり"その人らしさ"を醸し出している要素ですね。デジタル・ヒューマンといっても、"今あるもの"をそのまま再現するのと"どこにも無いもの"を新たに作りだすのでは、難易度が天と地ほども違うのです。

----となると、また新しい技術やシステムが必要になりますね?

三橋氏:当時のデジタル・ドメインでは、まだフォトリアリスティックな人間をデジタルで作った実績がなく、そのためのツールやパイプラインもありませんでしたから、必然的に全てのパイプラインを一から作るしかなかったんです。作ったシステ厶・ツールはいろいろありますが、たとえば前述の"感情"をキャプチャーし編集し、デジタルで作った別の顔......80歳のピットの顔に移し替える「エモーション・キャプチャ」等がそうです。つまり、リターゲット/アニメーション・エディットが可能なフェイシャル・モーション・キャプチャですね。具体的にはブラッド・ピットの顔に特殊なペイントを塗っていろんな表情をしてもらってこれをキャプチャし、その表情をライブラリ化。合わせてその演技をキャプチャしてライブラリの組合せの割合を算出し、老人顔に作ったデジタルモデルへこれをリターゲットする......という流れのシステ厶です。

----映画では80歳のピットそのもので全く違和感がありませんでした

三橋氏:ブラッド・ピットも、チェック段階のそれを見て恐れおののいたんだそうで......それを聞いて、自分たちはちゃんと正しい方向に進んでいるな、と実感できました(笑)。まぁ80歳の自分をリアルに見せられたら、誰だって恐れおののくのは当然です。......実際、これは非常に重要なポイントなんですよ。私もロボットやエイリアンが出てくるVFX大作と言われる作品に参加しますが、「ベンジャミン・バトン」はそれらとは毛色が違います。VFX大作のロボットやエイリアンが多少不自然でも、観客は皆これがコンピュータで作られることを知っているのでさほど違和感を感じません。でも「ベンジャミン・バトン」で80歳のブラッド・ピットがCGとバレたら、観客は強い違和感を感じてストーリィに感情移入できず、作品は台無しになってしまうでしょう。

----デジタル・ヒューマンが目立ってはいけない?

三橋氏:デジタル・ヒューマンはVFXの技術の一つであり、そのVFXもまた表現の幅を広げるための演出手法の一つに過ぎません。照明や撮影やカメラアングルなどと同じく、監督がそれを使って映画を作るための道具なんですね。特に「ベンジャミン・バトン」のような作品では、観客にストーリィにのめり込んでもらい、主人公に共感し感情移入して、感動してもらうことこそが映画としての成功です。当然、私たちが目指すべきなのもそこです。だから観客に"このVFXはすごい"と意識させてしまったら、そこでもう失敗なんですよ。

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