トレンド&テクノロジー / VFXの話をしよう
第1回:VFXの話をしよう

2010.10.01

  • 映画・TV

私はここ数年間は劇映画における「ビジュアル・エフェクツ」と称される仕事をしている。ただ日常の会話で実際にこの単語を使ってみると、なんとも野暮ったく、思わず舌を噛みそうになるときもある。そこで単語の頭文字を組合わせて「VFX」と呼ばれることもある。この表記のほうが比較的まだ知られているかもしれない。ところが、現実にはこの呼び名ででも呼ばれることは稀で、撮影の現場では「CGの人」と呼ばれているのが実情だ。視覚効果という意味のビジュアル・エフェクツ(=VFX)とは簡単に言ってしまえばCG技術を利用した映像を作る仕事なのだ。

今や映画でも、テレビでも、CMでもおよそ映像メディアにおいてはCGは欠かせないツールとなっている。約20年以上も前のCGの草創期のころからこの技術に関わっている自分としては実感として隔世の感が強く、CG技術がここまで広まるとは正直想像してなかった。20年前のCGと言えば、せいぜい丸や三角や四角と言った立方体が飛んだり、はねたりする程度の表現で精一杯だったことなど嘘のようだ。それが今や、車や飛行機はもちろん、ペンギンとかライオンとか人間と言った生き物も、この世に存在しない恐竜やエイリアンも何でもCGで表現されているし、地震や竜巻や津波といった自然現象までもがCGで再現される時代になってしまった。アニメから実写まで何でもCG!って感じ。

私がごく最近関わった作品「どろろ」もそんなCG技術がフル活用された映画で、7,8種類の妖怪のCG表現はもちろん、ワイヤアクションのワイヤ消しから腕の仕込み刀やら体の切断やら血しぶき、爆発といった多種多様な表現をデジタル技術で処理している。本編の半分は何らかのデジタルで加工されているくらいで、「CG映画」と言っても良いかもしれない。

しかし、本来「視覚効果」という意味のビジュアル・エフェクツとは、いわば映像表現の上での「隠し味」のような存在であるべきだ、と私は信じてこの仕事をしている。歌舞伎で言えば「黒子」、味噌汁で例えれば「だし」のような役割だ。実写映画の中に本来黒子としてスクリーンの裏側にいるべきCGが露骨に画面にしゃしゃり出てくるのは個人的には好きではないのだ。映画の中で人が消えるシーンを観た時に、「あのCGよかったねぇ」とか思わせるのではなく、ただ単純に不思議な気持ち、悲しい気持ちにさせることが自分の本来の役割だと思っているのだ。

でも、今やCGはそんな黒子どころか映画の看板になってしまっているのが実態だ。とあるプロデューサーは「ロード・オブ・ザ・リング」のころからCGはCGとして表現しないと観客は「安心して」観られないのだ、という話をしてくれたのが印象に残っている。また一方で、テレビのドキュメンタリーとかで古代エジプトの風景なんかをCGで再現したものを放映すると、必ず何件か問い合わせが来て「あんな場所は今どこに行けば見れるのか」と大真面目に聞いてくる視聴者もいるらしく、「いやあれはCGでして...」と応えると怒り出す人もいるのだそうな。そのため今ではCGには「CG映像」というテロップを必ず出してるそうで、何とも今は複雑なメディア時代ですな。 そんな葛藤を背負い込みながら、今もせっせとCGを作る日々が続いているのであった。


© 映像+/グラフィック社刊
現在、映像+に連載中 http://www.graphicsha.co.jp/

本稿は「映像+ 」2007年7月発行に掲載されました。

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著者

浅野 秀二

浅野 秀二

株式会社IMAGICA VFXプロデューサー/スーパーバイザー

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