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第3回:映画「ACRI」撮影秘話

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「カールスモーキー石井」こと石井竜也氏が監督し、1996年夏に公開された映画「ACRI」(アクリ)は、私が「VFXプロデューサー」として初めてクレジットされた作品として、個人的に忘れがたい1本である。同年1月から約半年をかけて、全篇、真夏のオーストラリアで撮影、制作された。

この作品に私を誘ってくれたのは、秋山貴彦である。3年前、映画「HINOKIO」で監督デビューした彼とは、以前同じCG会社(トーヨーリンクス)で一緒に働いていたことがあり、石井さんのデビュー作「河童」の時にはVFXスーパーバイザーも務めていた。その後、お互いにフリーとして別々な仕事をしていたのだが、ある日「オーストラリアでのCG制作に協力して欲しい」というオファーをもらったのだ。

私と秋山の役割は、石井さんのコンテを基に方法論を検討し、必要な撮影プランを立て、撮影後、現地オーストラリアのCGスタッフを使ってVFXを仕上ることだった。すべては初めてづくしの手探りでの制作体験だった。  主なVFX表現としては、海中を泳ぐCGの人魚と主人公(浅野忠信)との合成だった。当初は本篇芝居パートも水中パートも石井監督の演出の予定だったのだが、スケジュールの関係で水中パートはVFX部が撮影から任されることになった。急遽、VFXユニットのための撮影チームが組まれた。

しかし、水中撮影のプランニングには大きな障害があった。撮影には十分な「深さ」を必要としたため、飛び込み専用プールを借りることになったのだが、当時は夏の真っ盛りで、一般スイマーが使うため昼間は貸せないという。仕方なくVFXユニットは夜間、夜を徹して撮影せざるを得なかった。しかも、与えられた日数は1週間強。撮影量を考えるとかなりハードなスケジュールにならざるを得ない。ただえさえ、水中撮影というかなり特殊な撮影である。どんな事故が発生するかもわからない。さまざまな不安を抱えながら、撮影の初日を迎えた。

夜、現場に行ってビックリした。物凄い仕掛けなのである。ひときわ明るいプールの底を覗くと、水深10mのプールの中にたくさんのイントレ(パイプを組み合わせた足場)が建てられていて、そこにまたたくさんの照明が仕込まれ、壁の一面には合成用のクロマキーのパネルがきちんと設置されている。そこに何人ものスキューバー姿のスタッフが酸素ボンベを背負って水中で作業している。ふと上空からモーター音がして顔を上げてみると何やら巨大な四角いものがクレーンによって上空に設置されたところだった。日中の太陽光を表現するための巨大なライトだ。さらに、プールサイドを見ると何やらメカニックなパイプが複雑に張り巡らさせられている。近くのスタッフにこれは何かと尋ねてみると浄化装置だという。つまり、長い時間の撮影で水が汚れないように透明度を一定に保つための装置だというのだ。その極めて合理的に配慮されたセッティングに心底、感心させられた。

撮影が始まった。監督(秋山)はプールサイドに設置されたベースでモニタリングしながら、水中スタッフとのやり取りはトランシーバーを介して行った。その撮影の光景の格好よさといったら、まるでそれ自体が映画を見ているような錯覚に襲われたほどだ。

浅野忠信さんは本当に一晩中、水の中だった。もともと泳ぎは得意ということで主役に抜擢されているものの、ここで要求されている泳ぎ方は「人魚泳ぎ」。つまり、手はまったく動かさず腰の上下運動だけで泳ぐことが求められた。しかも、水中で求められたのはそれだけではなかった。人魚への強い愛情表現、ラブシーン、そして別れといった「芝居」もこなす必要があったのだ。それは相当のプレッシャーだったに違いないにもかかわらず、彼は淡々とこなして行った。文句ひとつ言わず、ただひたすら泳ぎ、そして演じたのだ。

過酷な日程にもかかわらず、VFXユニットのコミュニケーションは極めて良好で、現地スタッフたちは我々日本スタッフの指示を忠実に果たしてくれたことで撮影は順調に進んだ。

こうやって昼夜逆転の1週間が過ぎた。プール撮影の最終日。最後のテイクのチェック待ち。沢山のスタッフがいるにもかかわらず静寂が全体を包んでいる。一瞬、小鳥が数羽泣きながら上空を通り過ぎて行く。空が白んで来た。夏の朝陽の光線が次第に差し込み始める。「OK!」秋山の声が響き、拍手と嬌声が湧く。スタッフ皆が抱き合い、讃え合う。感激の瞬間だった。仕事とはいえ、あまり馴染みのない日本の映画のために、ここまで一所懸命に尽くしてくれた「オージー」の映画人たちに本当に感動し、感謝した。

「ACRI」という作品に関われたことで、初めて本格的なプロの映画現場を経験し、初めてのVFX制作を経験できたのはもちろん貴重なことだったけれど、それ以上に映画作りの楽しさを心から実感できたことが何よりも貴重な体験だったのである。  


© 映像+/グラフィック社刊
現在、映像+に連載中 http://www.graphicsha.co.jp/

本稿は「映像+3 」2008年3月25日発行に掲載されました。

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