有限会社ライブ
HAYABUSA BACK TO THE EARTH

本物の星空を、本物の動きで---- 3ds Maxで描く"はやぶさ"が拓いた 全天周フルドーム映像の新たな世界

全天周フルドーム映像とはプラネタリウム等のドームスクリーンに映写される映像作品。高画質映像が視野いっぱいに広がり、映像の中にいるような感覚が味わえるが、コンテンツは宇宙科学や自然ドキュメンタリー等の科学教育作品が中心だ。2009年、そんなフルドーム映像の世界に異変が起った。全国のプラネタリウムや科学館に、ある作品の上映リクエストが相次いだのだ。タイトルは「HAYABUSA BACK TO THE EARTH」。日本初の小惑星探査機「はやぶさ」のミッションを描くフルCG作品だ。上映の輪は全国へ広がり、2010年にはエンディングを作り直した「帰還バージョン」が、2011年には「劇場版」が完成。さらに多くの観客を集め、文部科学大臣賞受賞はじめ国内外で様々な賞を受賞した。Autodesk 3ds Maxでこの新しい映像世界を創り上げた、監督の上坂浩光氏にお話を伺った。

上坂 浩光 氏
監督・シナリオ・絵コンテ
上坂 浩光 氏

本物の軌道、本物の星空を3ds Maxで再現

地球スイングバイ
完成した「地球スイングバイ」の場面。星空は学術用星空DBから、本物の星の位置・明るさ・色を生成。
「はやぶさ」の軌道
「はやぶさ」の軌道は、JAXAから提供された実機のデータを元に忠実に再現した"本物の動き"だ。
イトカワ
複雑な形状のイトカワは数千万ポリゴンとなるため、見える範囲だけモデリングし他はカットしている。
はやぶさ
イトカワに着陸し、円筒状のサンプラーホーンを伸ばしてサンプル採取を試みる「はやぶさ」

ーーこの作品を作ることになったきっかけを教えてください。

上坂氏:2007年に、JAXA(宇宙航空研究開発機構)制作の『祈り』という映像の制作に参加したことです。これもはやぶさのミッションを紹介するノンフィクション映像で、当社はCG制作を担当したのですが、そのエンディングで、はやぶさが地球に帰還していく後ろ姿を見ていて、なぜかジンときて泣きそうになってしまったんです。で、思いました。『祈り』は、はやぶさのミッションを淡々と紹介していく作品だったけど、それでも確実に、人を感動させる力があった。だったらこれを、もっと人の情感に訴えるようなテーマで作ったら、面白い映像作品ができるんじゃないか、と

ーー全天周フルドーム映像という発想はどこからきたのでしょうか?

上坂氏:ちょうどそのころ別の仕事で、プラネタリウムの全天周ドーム映像の制作をお手伝いしたんです。フルドーム映像はそれが初めてで、"凄いものだな"と、その迫力には表現の可能性を感じました。この技術を使えば、まさにその空間に自分が入り込んだような"その中にいる"没入感あふれる映像を作れます。そんな迫力満点の映像空間の中で、はやぶさがたどった道のりを"人の心を動かす"ことをテーマに描きたい!と。すると幸運にも『祈り』を見た大阪市立科学館の方が「ぜひこれをプラネタリウムでやりたい」と言ってくれて、それをきっかけに制作委員会が生まれ、プロジェクトが動き始めたのです。

ーープラネタリウムや科学館用の映像としては異色の企画ですね。

上坂氏:たしかにこうした感情に訴えかける企画は前例がないということで、制作開始までには紆余曲折がありました。当初はいくら言葉で説明しても、コンセプト自体を全く理解してもらえませんでしたね。そこで私がエンディングシーンのコンテを描き、音楽も入れた簡単なムービーを作ったんです。企画会議のプレゼンテーションで、このムービーを流したら、その場の雰囲気が劇的に変わり「これでやりましょう!」と......やはり映像の力は凄いですね(笑)。

ーー完成した作品ははやぶさの旅をリアルに伝えつつ、感動的です。

上坂氏:ありがとうございます。情感を伝えたいからこそ、背景となる事実や技術的な基盤はゆるがせにせず、きちんと本物を伝えていこうと考えました。たとえば、はやぶさの軌道はJAXAからもらった実際の軌道データに基づいて"本物の動き"を精密に再現していますし、背景の星空も本物そのまま。研究用途で使われるリアルな星空のデータベースを、当社特製のプラグインを介して3ds Maxに読み込み、1つ1つの本物の星の位置や明るさ、色などを忠実に再現。数十万個配置していったんです。星雲やガス状天体等はデータベースにないのですが、これも私自身が撮影した本物の天体写真を正確な位置、角度で埋め込んであります。天文ファンなど見る人が見れば、この作品の星空が本物だとすぐに分かるはずですよ。ハリウッド大作の宇宙もの映画でも、これほど正確に星空が再現された例はないんじゃないかな。

ーーほとんどマニアックなこだわりですね。

上坂氏:はやぶさやイトカワのモデリングも、徹底してリアルに作り込んでいます。この作品は登場するキャラクタが限られているので、大量のモデリングといった苦労はありませんでした。だからその分、はやぶさやイトカワなど、数少ない登場キャラクターのモデリングに全力を注ぎ込みました。実は私自身、私設の天文台を持ち、暇さえあれば星を眺め天体写真を撮っている天文ファン。今回はちょっとだけ個人的な趣味が反映されているかもしれません(笑)。

プレビュー不可能!?半球状のフルドーム映像

ーー初めてのフルドーム映像は技術的に難しい点もあったのではないでしょうか?

上坂氏:ええ。全体の制作は、脚本をあげ、絵コンテを書き、アニメーションを付けていく、というオーソドックスなプロセスを踏んでいますが、フルドーム映像そのものは一般的なCG映像と全く異なり、作り方も大きく違っています。たとえば映画でもテレビアニメでもゲームでも、通常のCG映像は四角くフレームが切られた画面で作られます。しかし、フルドーム映像は、半球型の丸い形をしています。今回私たちはCG制作のメインツールとして3ds Maxを使いましたが、この3ds Maxに限らず、丸いフルドームの画面をそのままプレビューすることはできません。レンダリングすれば画像としての確認は出来るのですが、これを実際にドームに投影した時にどう見えるのか、そこにどんな効果が生まれるのか、正直いって当初は見当もつきませんでした。つまり、作ってもチェックしようがなかったのです。

ーーそれは非常に困りますね。

上坂氏:それだけではありません。このフルドーム映像のデータ解像度の大きさも問題でした。フルドーム映像はドームマスターという四角い映像を作っていきますが、このサイズが大きく、4K(4,096×4,096)もあるんです。だからハンドリングし難く、レンダリングにも長い時間がかかります。レンダリングツールはVrayでDome Cameraを使っていますが、このレンダリングに1フレーム30分から1時間もかかるんですよ。しかも仕上がったファイルは何TBにもなり、ネットワークでやりとりするのは困難です。つまり、そのままでは何をするにもいちいち手間がかかり、時間がかかってしまう......。しかも、計画ではプラネタリウムの番組改編がある翌年4月を完成目標としていたため、スケジュールにもあまり余裕がありませんでした。

ーーそれらの課題をどのように解決していったのですか?

上坂氏:まずドーム映像のチェックに関しては、これはもう実際に全天周ドームで見て確かめるしかありません。そこで科学技術館などいろいろな施設にお願いしてドームをお借りして、テスト投影を行いました。でも、実際にドームで投影したのは、当初の2~3回程度で済みましたね。というのは、人間の頭脳は凄いもので、2~3回テスト投影を行って確認するうちに、私自身がなんとなく四角い画像からドームでの投影効果が想像できるようになったんです。脳内補完して、頭の中にドームでの投影イメージが浮かんでくるんですね(笑)。その後はもう、勘と経験で進められるようになりましたよ。ただ、フルドーム映像はフレームがないだけに、演出にも通常とは異なるセンスが必要になりましたが......。

ーー通常と異なるセンスとはなんでしょうか?

上坂氏:前述の通り、全天周フルドーム映像には、映画やテレビのような四角いフレームは存在しません。見ている方にとっては目で見える範囲全てが映像空間となるわけですね。そのため、たとえばフレームインのような通常の映画的なテクニックは、基本的に使うことができません。また、この全天をすっぽり覆う大きな映像世界の中の、いったい"何処"を観客に見せるのか、どうやって観る人の視線を"そこ"に持っていくのか、考えなければならないわけで。そこでは、四角いフレームの中で作っていく普通の映像の方法論はほとんど使えません。そこでカットごとにフルドーム映像全体の中で"何処を見せる"かを決め込んでいって、観る人にとっての仮想のフレームを想定。これに基づいて画面を構成しながら、演出していきました。試行錯誤しながらですが、私自身にとってもすごく新鮮な体験でした。

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