紀里谷和明氏の新プロジェクト『新世界』が映し出す、「クリエイティブの崩壊」と現代日本の姿

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2021年1月31日(日)、映画監督・紀里谷和明氏による新プロジェクト『新世界』のトレーラーがYouTubeで公開された。日本のクリエイティブの現場が「世界の下請け工場」となる可能性に警鐘を鳴らす紀里谷氏。本トレーラーは、そんな紀里谷氏が発起人となってクラウドファンディングに挑戦し、目標の1,300万円を達成した資金で制作されたものだ。ハリウッドでの映画制作を経験し、2019年には一時引退をも決意したという紀里谷氏が日本のクリエイティブに挑む「最後の挑戦」。今回、日本のクリエイティブの現場が置かれている状況に問題提起し続け、その末に辿り着いた紀里谷氏の1つの答えが語られた。現在ハワイに居を構える紀里谷氏と、本トレーラーでCG制作を手掛けたエヌ・デザインの岩崎朋之氏(CGディレクター)、川瀬基之氏(プロダクションマネージャー)に話を聞くことができたのでお伝えしよう。

Text_Edit_三村ゆにこ(Twitter:@UNIKO_LITTLE)

挑戦者を否定して嘲笑する日本

ーー『新世界』は「真のクリエイティブを追求する映像制作」に挑む試みとして、クラウドファンディングで資金調達を行いトレーラーを制作されました。ファンディングサイトに書かれている「なぜ、ビジネスサイドが考える不確実なロジックに従って、クリエイターは創作しなければならないのでしょうか? 多くのクリエイターは、そのロジックに苦しめられ、自らの創造性を犠牲にしています」という紀里谷監督のメッセージがとても印象的でした。まずはこの一文について、具体的にお聞かせください。

紀里谷監督:わかりやすく言うと、「工房の仕事」なのか「工場の仕事」なのかという違いになるのですが、今の時代、クリエイティブの現場が「工場」になってしまっているように思えてならないんです。「寸分の狂いもなく、図面どおりに作ってください」と設計図が工場に渡されて、やり直しやリテイクをはじめ、とにかく効率の悪いことはなるべく避けるフローですね。

ーーパイプラインに則った、後戻りのないワークフローのことですね。

紀里谷監督:ワークフローの構築自体は、映画『CASSHERN』(2004)や映画『GOEMON』(2009)を制作した当時から、僕も確立しようとした試みではあります。2,000カット近くの絵コンテを全て描き、全カット編集して、音楽やセリフも入れてからプロダクションに入るというフローです。いわゆる「プレビズ」と呼ばれているもので、今ではハリウッドなどでも当たり前の作業となっていますよね。

ーー『CASSHERN』や『GOEMON』の頃から、すでにプレビズを行われていたとは!

紀里谷監督:『GOEMON』では、塵ひとつの位置まで指示していたくらい完璧な設計図を作ってました。しかしそれが何をもたらしたかというと、「精巧には出来ているけれど、何のアクシデントもない映像」が作られるようになってしまった。果たしてそういった作品にどのような魅力があるのか。また、ものづくりをしている立場としてどうしていくべきか。それが今、私たちが直面している問題なのではないかと思っています。

ーー制作の効率を追求すればするほど、失われるものがあるということですね。

紀里谷監督:これによって「CGアーティスト」と呼ばれている日本のあらゆるクリエイターが「工場の作業員」になってしまい、「アーティスト」ではなく「オペレーター」として大量生産されているわけです。直近10年で衝撃を受ける映像を観ていないと思いませんか?

ーー「衝撃」と言われるとなかなか思い浮かばないですね。紀里谷監督はいかがですか?

紀里谷監督:CGで衝撃を受けた作品としては、映画『トランスフォーマー』(2007)あたりが最後ではないでしょうか。それ以降では、アルフォンソ・キュアロン監督の映画『ゼロ・グラビティ』(2013)などもありましたが、非常に精巧にできてはいるけれど「だったらリアルで作れば良いじゃない」という話でしかなくなり、「もうリアルで作ってしまえ」と推し進めたのがクリストファー・ノーラン監督です。つまり「CGの存在意義」が問われる時代が来ているのではないかと思います。

ーーCGツールを開発している側としては、非常に気になってしまう問いですね。

紀里谷監督:例えば、Photoshopが登場した1990年代、僕たちからすると、「何でも自由に創作できるんだ!」と従来の「写真」という枠を抜けて突き進むことが出来ました。しかしそれから何十年も経った今、Photoshopが何に使われているかというと、誰かのニキビを消したり肌を綺麗にしたり、ウエストを細くしたり脚を長くしたり......。そういった技術が、Instagramなどのアプリ上で自動で出来るようになりました。それと同様のことが動画の世界でも起こっていて、今やCMではみんな肌がツルツルしているなど、クリエイティブとはまったく関係のない使われ方をしている。そんなことのためにこれまでやってきたのかという虚しさと共に、「そんなことのために推進されたテクノロジーなのか」と問いたいわけです。CGがまったく「創造の武器」になっていないと。

ーーツールに関してのお考えをもう少しお聞きしていきたいと思います。まず、紀里谷監督ご自身がMotionBuilderで作業されたこともあると伺いました。

紀里谷監督:2年ほど前、中国のアーティストVinの『desire』というミュージックビデオを制作したのですが、その際にMotionBuilderを使いました。その時に一緒に仕事をしたCGアーティストに使い方を教えてもらい、モーションキャプチャーで撮ったものを全カット自分でアングルを切ったのですが、最近はUnreal EngineやUnityで確認も出来るようになってきたので、今後は少し違った世界が開けるかもしれませんね。あと、シシド・カフカさんとコラボレーションしているプロジェクト『無重力の夜 (feat. シシド・カフカ)』のミュージックビデオも、MotionBuilderからアウトプットして完結しています。

紀里谷監督:これらの制作を通して、ツールを使っていかに制作コストを下げていくかを研究しました。コストを下げることによって、いわゆる「工場主の支配」から逃れることができるので。また、音楽の世界で、DTMツール「Pro Tools」がとても安価になり、音楽制作コストが限りなくゼロに近づいているように、いずれCGにおいても同じことが起こると思っています。例えば、iPhoneなら誰でも撮影できるように、CGがもっと手軽なものになって広く浸透していくと、音楽のように1人で制作できるようになるはずです。そうなると、映画も5人程度で作れるようになるのではないでしょうか。

ーー音楽業界では既に起こってますが、そうなると映画業界のプレイヤーも大きく変わりそうですね。

紀里谷監督:『新世界』の制作はかなり手間をかけていますが、将来的には「誰にでもCGで映画が作れる世界」が到来すると思います。あと、5年~10年くらいでしょうか。そうなった時にクリエイティブに関しては、今とはまったく違う能力が求められるでしょうね。

ーー確かに3Dスキャンやモーションキャプチャーをはじめ誰でも3Dデータの作成ができるようになりつつありますし。

紀里谷監督:そうですね。ただ、裾野が広がっていくと、クリエイティブではなくなってしまうこともありますよね。先ほどのPhotoshopの話のように「ツールに使われている人」が多くなってしまうからです。Photoshopが登場した当時、周りに質問できる人がいなかったからこそ、面白いものがたくさん生み出されました。その後、いろんな雑誌が出版されるようになり、「ゲームの攻略本」のようにテクニックの種明かしがどんどんされて、同じようなものが量産されていきました。こういうのは、やはりクリエイティビティを奪いますよね。機材ばかり立派で、作っているものは大したことがない......といったことが頻繁に起こるんです。

ーーツールメーカーが「良かれ」と提供しているチュートリアルなどが、逆にクリエイティビティを奪う一因となりかねないわけですね。

紀里谷監督:それによって「間違った使い方」をしなくなりますからね。ツールは間違った使い方をするから面白いものや新しいものが生み出せることがあります。ヒップホップが良い例で、「スクラッチ」はターンテーブルの間違った使い方だと思うけど、そこからヒップホップが誕生しました。それと同様に、ツールというものは本来であれば縛られるものではなく、自由な発想で使われるべきなんです。重要なのはそこから生まれてくる作品ですから。だから、「MotionBuilderでそのままアウトプットなんてありえないよ」という話も、僕からすると「別にそれでも良い」と思っているし、モーションキャプチャーも3DスキャンもiPhoneを使っています。iPhoneで出来るのであればそれで良いじゃん、という「ノリの精神」も必要だったりしますし。僕にとっては、ただの道具なんですよね。

ーーCGだろうと鉛筆や絵の具と変わらないということですね。

紀里谷監督:そうです。CGもただの道具でしかありません。しかし、その道具に感情移入している人たちが多すぎるんです。どこでそうなったのかはわかりませんが、「CGを愛している人」が多すぎる。クリエイターであれば、まずは愛すべきは自分の作品であり、そのために重要なのは「何を作るか」ですよね。

新世界

ーー今までの作品同様、今回も現状のクリエイティブに対する問題を突破するために、新プロジェクト『新世界』に挑まれていると思いますが、どのような制作体制になっていくのでしょうか?

紀里谷監督:今回は今までの予定調和を一切排除し、様々な専門性を持った人たちと一緒になって、「バンド」のように映画を作りたいと思っています。ただ、メンバー集めには苦労しています。テクニカルなことは出来るけれど、クリエイティブな「マインド」を持っている人材が今はなかなか見つかりません。どこに行ってもとにかく「設計図を出せ」ばかりで。そんな作り方では、資金力のあるハリウッドに負けて当然です。お金があればいくらでも設計図が作れて、何度でもやり直しが出来ますからね。しかし、私たち日本人が今やらなければならないことは、そうではないと思うんです。少人数でも良いので、今回は「マインドを持っている人たち」と仕事がしたいですね。

ーーそういった人材はどのように探されているのですか?

紀里谷監督:pixivやSNSを通して、若いアニメーターに直接声をかけています。ダイレクトメッセージを送って「Zoomで話そうぜ」と。『新世界』のタイトルバックは、そうやって声をかけた学生に制作してもらいました。

ーー紀里谷監督が自らSNSでスカウトされているとは!

紀里谷監督:そこまでやらないと日本ではクリエイティブなメンバーは集められません。これはもう、本当に切実な問題だと思います。

ーーダイレクトメッセージが送られてきた学生さんは驚かれたことでしょうね。

紀里谷監督:それがSNSの使い方でしょう。もっと駆使していかないと。日本を越えて海外の人たちとも繋がることもできますし。

ーー人材の問題も含め、現在の日本では映画が非常に作りにくい環境であることが伝わってきます。

紀里谷監督:僕自身、監督としての作品数はとても少ないんですよ。この15年で3本しか映画を発表していないのですが、僕のように「作りたいものしか作らない」、「自分が信じているものしか作りたくない」という制作スタイルでは作りにくくなっているのが現状です。特に昨今の日本映画においては、いわゆる「漫画原作」でなければ映画化は難しいじゃないですか。これも皮肉なことですが、そもそもなぜ『CASSHERN』を制作し始めたかというと、「ハリウッドのようなコミックベースの映画がなぜ日本でできないのか(※1)」、「日本でもできるはずだ」ということを追求したかったからです。当時は「そんなこと絶対にできない」、「資金が足りなさすぎる」と散々言われましたが、「CGを駆使すれば⽇本でもできるはずだ」、「やればできるんだよ!」ということが見せたかった。日本という国のクリエイティブを思っての挑戦でした。

※1:映画『バットマン』(1966)や映画『スーパーマン』(1978)など、ハリウッドではアメリカン・コミックスを原作とした映画が数多く作られてきた

新世界

ーー『CASSHERN』はそういった思いが詰まった作品だったのですね。

紀里谷監督:しかしフタを開けてみると、日本からはバッシングを受け、逆にハリウッドから声が掛かるという結果となりました。その後、ハリウッドに渡って『ラスト・ナイツ』(2015・※2)の制作に至るまで10年ほどかかったのですが、その間に映画『300<スリーハンドレッド>』(2006)が公開されるなど、ハリウッドではものすごい勢いでデジタルが採用されていったんですよね。そして現在、今度は逆に日本ではコミックベースの映画しか作らせてもらえないという状況です。

※2:2015年製作のアメリカ合衆国の映画。『忠臣蔵』を封建的な帝国に舞台を置き換え、騎士たちが活躍する映画に仕上げた作品で、紀里谷和明のハリウッド初進出作品である(Wikipediaより

ーー『CASSHERN』を制作した当時、日本では理解されなかった紀里谷監督の挑戦が、今になって日本映画の主流になっているわけですね。

紀里谷監督:結局お金を出す人たちがその鍵を握っているので、そこをどうにかするしかないし制作費も下げていかなければならない。『CASSHERN』でも企画当初の予算は6億円でしたが、「コンテを見る限りこの予算では絶対にムリだ」と言われ、「じゃあCGを使えば良いのでは?」ということで、みんなで30台のコンピューターを組み立て、After Effectsを突っ込んで制作しました。

ーーご自身も一緒にPCを組み立てられたんですね。

紀里谷監督:お金がないので仕方がありません。まだInferno(※3)全盛の時代で、After Effectsで映画を制作するなんて考えられないことでした。実際『CASSHERN』の解像度なんてVHS程度で、DVDレベルも満たしていなかったのですが、そこまで下げないとレンダリングが間に合わなかった。大きなスクリーンでチェックしてみると、小さなギザギザが出ていたりしたけど「まあ良いか」と判断して、強引に制作を進めました。

※3:オートデスク社メディア&エンターテインメント部門(旧ディスクリート社)製のプロフェッショナル用の映像編集・合成システムの名称。1990年代後半~2000年代の定番システムのひとつであり、極めて高い評価を受けている(Wikipediaより

ーー力技ですね(笑)。

紀里谷監督:いや、皆さんそうやって笑うけど、そのようなチャレンジこそイノベーションに繋がるんですよ。当時あれだけの物量のCGと撮影をあの金額で制作することは、プロから見たら「絶対に不可能」と言われていました。それをわかった上で挑戦し成し遂げたわけですから。そこからたくさんの人が同じように続いてくれれば、日本にとって大きなブレークスルーになったはずです。しかし、そういった挑戦に対して否定するばかりで人が付いてこないという日本の現実に、大きなフラストレーションを覚えました。ものすごくエネルギーを注いでイノベーションをしていたつもりだったのですが、結局笑われて否定されて終わりで、その一方、海外はどんどんデジタルを推進していったわけですよね。実際、海外のプロデューサーから「どれだけ『CASSHERN』を観て研究し、自分たちの映画に採り入れたことか」と言われましたよ。

新世界

ーーこの作品を通してひとつの出来事で終わるのではなく、日本国内でその技術を共有しあって洗練させ、皆で「世界に打って出るべき局面」だと考えられていたということですね。

紀里谷監督:僕が映画作品を通して20年近く戦い続けてきたことには、「国益」という考えがありました。日本人がアニメーションで培った力とCGの技術力を駆使すれば、世界に向けて発信していける実力があるはずだ、みんなで作っていけばもう一段上のステージで勝負できるはずだと。しかし結局、日本以外の国がその力を使って色々なことをやり始め、現在のような「世界との差」がついた状況になってしまった。そんな苦い思いがあるんです。

ーー日本という国を思っての挑戦が、まさかの日本人に否定され嘲笑され、やり玉に挙げられてしまったわけですね。そのような状況の日本で『新世界』のプロジェクトを開始したのはなぜですか?

紀里谷監督:実は、2019年の末には引退するつもりでいました。しかしコロナ禍の影響により、制作の現場が厳しい状況に陥っていると聞き「何かしなければ」ということになり、本当に見切り発車で『新世界』プロジェクトが始まりました。ですので、日本での制作はこれが最後の作品かもしれません。

ーー「引退を考えた」とおっしゃいましたが、前作『ラスト・ナイツ』の制作以降、どのような心境の変化があったのでしょうか?

紀里谷監督:『ラスト・ナイツ』は、「少ない予算で何を作るか」という問題から解放され、ある程度の潤沢な資金を使って「やりたいように作ることができる」という環境下で初めて制作することができた作品で、ひとつの完成形でもあります。僕のことをCG作品を作る監督だと思っていた人は「なぜこんな作品作っているの?」と思われたかもしれませんが、ずっとこういう映画が撮りたかったんです。その思いを達成したことで自分の中で「1つの章」が終わり、「これからどうするか」というところにいました。

ーー書籍『地平線を追いかけて満員電車を降りてみた』でも、「映画の後処理に追われる毎日」といったことを書かれていましたね。どのような日々を過ごされていたのでしょうか?

紀里谷監督:『ラスト・ナイツ』は共同プロデューサーだったので、ファイナンスも含め監督以外の仕事もやっていました。当然トラブルも多々あり、自分で対処しなければなりません。例えば、「世界中に配給しなければならないのに、日本だけが配給してくれない」という状況に陥ったり。

『地平線を追いかけて満員電車を降りてみた』

ーー「母国だけ配給が決まらない」という状況ですね。

紀里谷監督:配役にモーガン・フリーマンやクライブ・オーウェンを採用し、ハリウッドで映画を撮って......、ようやくそこまで辿り着いた作品を自分の国だけが配給してくれない。そうなると自分で宣伝して配給するしかないし、全て自分でやらなければならなりません。正直、少しぐらいは日本の人たちも応援してくれても良いのではないかと思っていました。ハリウッドでは、とある有名な監督が『CASSHERN』のDVDをスタジオの重役に送ってくれたり、脚本家を紹介してくれたりと「助け合い」があるんですね。『ゼロ・グラビティ』のエンドクレジットの「スペシャルサンクス」などは良い例で、錚錚たる監督の名前が並んでいます。つまり、みんながその監督のことを助けているわけです。そういった「助け合いの精神」が日本には本当にないなと。批判や足の引っ張り合いではなく、もう少し人を応援しても良いのではないかと思います。

ーーSNSの普及でその勢いが加速したように感じます。

紀里谷監督:批判することによって上質な作品が作られるのであれば良いのですが、どうもそうではありませんよね。話題になるのは興行成績の話や漫画原作ばかりで、果たしてそれが日本のイノベーションに繋がるのか。それについて批判はしませんが、韓国映画を見ると、オリジナルの脚本で撮影から編集、美術、衣装、お芝居に至るまで、ハリウッドと遜色ない仕上がりになっており、圧倒的な差があるのは明らかです。

ーー確かに。最近の中国映画も素晴らしいですよね。

紀里谷監督:10年前に中国で撮影した時とはまったくレベルが違います。日本もそこに行けたはずだと僕は思っていますし、それを成し遂げたかった。日本のみんなでそこまで行きたかったから『CASSHERN』や『GOEMON』で挑戦したんです。日本にはその技術が充分あるわけだから。しかし、そうはならなかったという悔しさがあります。

ーー今回の紀里谷監督の挑戦が成功すると、日本の映像プロダクションにとっても「大きな一歩」に繋がるのではないかと思っています。自分たちが本当に作りたい作品に挑戦する方法として、その後に続きやすくなりますし、また、そのようなチャレンジは紀里谷監督もYouTubeで話されていますが、「発注元」と「下請け」という関係から抜け出す大きなチャンスになるのではないかと。だから、同業者がもっとファンディングに参加してくれると良いなと思っていました。

紀里谷監督:今まで話をしてきた通り、今の日本企業は全て損得勘定で判断してビジョンがないので、なかなか難しいかもしれませんね。一般の人たちには「こういう世界を作ってみたい」とか「こういう作品を作ってみたい」という思いがまだ残っているように感じるので、そこに可能性を見出してはいますが、最後のあがきかもしれません。日本という国を外から見てみると、これだけの能力があってこれだけ色々なことができるのに、どういうわけか「内輪ウケ」のようなことしかしていない。非常にもったいないことだと感じています。

ーー日本人に対してここまで危機感を持たれていたとは。メディアにもたくさん出演されていますが、こういった思いを抱かれているとはまったく知りませんでした。

紀里谷監督:日本人には「国益」という概念がないので、必要とされていないんですよ。自分の小さな幸せだけを確保して、それを守るために必死になってハウツー本を読んだり、アルゴリズムの勉強をしたり、損得勘定をしたり。そういう人々にとっては僕の発言は「熱いね」、「意識高いね」と言う程度の内容で、響くものがないのでしょう。

ーーその結果、他の国に追い抜かれてしまったのであれば悲しいですね。

紀里谷監督:今の⽇本は「できるものを作りましょう」という⾵潮ですが、そうではないんです。「こんなことできるわけがない」というところに富があるわけで、できるものばかり作っているから貧乏な国になってしまう。日本にはこれだけの恵まれたツールや人材があって、何だって作れるのに。皆さんは、先進国において日本が世界で最も安く映画が作れる国に成り下がっていることをご存じですか?役者のギャラにおいては、中国やアメリカの10分の1以下です。この事実をちゃんと理解されているのでしょうか。

ーーいまだ「先進国で恵まれた国・日本」という意識のままかもしれません。

紀里谷監督:事実として、皆さんのギャラはこの30年間少しも上がっていないし、映画の制作費だって下がり続けています。こうやって何もできないまま、「日本は安いから下請けにして、日本人に作らせよう」、「日本人は安い賃金で文句を言わずまじめに働く」というながれになりはじめていることに、本当に気付いてほしい。あまりにも人々が内向きで人をけなすことばかりやっていて、建設的にものを生み出せていません。

ーー『新世界』は、そういったメッセージも込められていそうですね。

紀里谷監督:『新世界』は20年後の日本を描いた作品です。圧倒的な格差社会で完全に制御された世界です。人間の下に機械がいてその下にまた人間がいるというヒエラルキーと「一部の人間を支えるために大量の奴隷がいれば良い」という価値観。それに対してどうするのか。今の時代がまさにそうで、自分たちが知らないうちにどんどんと下流に流されていて、気が付かないまま「一種の家畜状態」に陥っている。そんな世界を描いた作品になると思います。

『新世界』トレーラーができるまで

新世界

ーー『新世界』のトレーラーでは、90秒という尺の映像の中でどのような表現を重視されたのでしょうか。

紀里谷監督:もうルックで人を驚かせるような時代ではないので、「テーマ性」と「作品が持つ声」を重視して制作しました。横並びの社会で、今必要とされるのは「破壊のエネルギー」だと考えています。

ーー映像を観てとてもエモーショナルな印象を受けたのですが、どのようにCGのディレクションをされたのですか?

紀里谷監督:「CG」という意識があまりないのでどうなんでしょう。MV『traveling』の頃も「CG作品」とよく言われましたが、実際はクレイも実写もあるし背景なんてほとんど2Dだし......。だから、僕の中では「CGディレクション」という概念はあまりないんです。ただ、「CGではないノリや感触」をどうするかについて、エヌ・デザインの岩崎君とはかなりディスカッションしました。

ーー岩崎さん、ディスカッションの内容はどのような感じでしたか?

岩崎:紀里谷監督が以前に手掛けられたCMもそうでしたが、今回もとにかく「絵に見えるように」というオーダーでした。監督からも、「このカットは良いけど、このカットはCG臭いよ。ゲームっぽい」といったことをよく言われました。紀里谷監督のおっしゃっていることは感覚としてはわかるのですが、実際にツールに落とし込んでどのようにルックに反映したら「絵のように見える」のか、CG臭さを消すことができるのかを探るために、一度分解して試行錯誤したものを反映させていきました。その繰り返しです。

(左から)川瀬基之氏、岩崎朋之氏(N-DESIGN)
(左から)川瀬基之氏、岩崎朋之氏(N-DESIGN)

ーー今回トレーラーを観たとき、実写作品ではないことに驚きました。コロナ禍で撮影が難しいという背景もあると思いますが、本編もフルCGで制作されるのですか?

紀里谷監督:いえ、その点はいまだにディスカッション中です。フルCGであれば、フェイシャルキャプチャをどうするかとか、キャプチャしたモデルで本当に良いお芝居ができるのかとか、そういう問題もクリアしていかなければなりませんので。

ーー本編はトレーラーとはまったく違った形になる可能性もあるわけですね。

紀里谷監督:そうですね。決まっているのは、ちゃんとキャストがいて、そのキャストをCGで再現してそれで映画を作るということのみです。

ーーキャストでいうと、『新世界』のクレジットにはGACKTさんや山田孝之さんといったビッグネームが登場していて驚きました。

紀里谷監督:全て友情出演です。今回のトレーラーで彼らのギャランティなど払えないですよ。

ーー紀里谷監督のビジョンに賛同しての友情出演なんですね。

紀里谷監督:そうですね。当然、僕も彼らを助けますよ。ビジネスとは離れた世界での「アーティスト同士の助け合い」であり「コラボレーション」で、それが本来のあるべき姿だと思っています。それを可能にするための業界であり映画会社でありテレビ局のはずなのですが、もう本末転倒でお金がクリエイティブの起点になってしまい、その仕組みのためにアーティストが動いている。お金は重要ではないとは言いませんが、会社側はクリエイティブで稼いでいるわけだから、もっとクリエイティブを大事にしてください、と言いたいです。

キャストとして友情出演のGACKT

ーー今回、トレーラー制作に関わったスタッフは15名、制作期間は5か月とのことですが、モデリングからレンダリングまでのワークフローについてお聞かせください。

岩崎:山田さんとGACKTさんに関しては、CyberHuman Productionsさんのご協力の下、フォトスキャンを撮らせていただきました。それをMayaやZBrushに取り込んでモデルを作っています。アニメーションに関しては、モーションキャプチャで収録したものをMotionBuilderやMayaで調整しています。レンダリングはArnoldを使用しているのですが、レンダリングされたもの自体は、絵のようなアウトプットにするために、いわゆる普通のCGよりクオリティが一段落ちる程度のものにして、ノーマルやオクルージョンといった様々な要素を出し、それを調整してルックを作るという感じです。

紀里谷監督:ルックは岩崎君のチームがとにかくがんばってくれました。出だしのルックは、僕がAfter Effectsで合成したりカラコレしたりと色々やっていますが、全体的には岩崎君に任せています。

ーーそれから編集作業に進むわけですね。

川瀬:基本的に社内プレビューは全てSmokeで行いました。社内用のモニターとかテレビとかでのチェックだったり。もちろん編集にも使用しています。

岩崎:エヌ・デザインの中である程度ワークフローが構築されているので、そこからズレない範囲で「どれだけ遊べるか」といった感じで進めていきました。やはりルック作りの比重が大きいのですが、紀里谷監督にある程度任せていただいたので、振り幅を広めにした「Aタイプ」と「Bタイプ」の2パターンを出してチェックしてもらいました。設定を含め監督と相談も出来るので、「アクションをしているこのカットは、シチュエーション的にこの場所だと都合が悪いので、ビルの上に変更してほしい」などアニメーションの提案までする感じです。

トレーラーの1シーン
トレーラーの1シーン
トレーラーの1シーン

ーーかなり任されていますね。

紀里谷監督:以前だったらカラコレは絶対に触らせないし、全て自分で手を入れていたのですが、最近はもう手放し運転です。岩崎君や、編集では川瀬君にある程度任せていますね。上がってきた映像に対して、自分が思っている以上のものを誰かが持ってきてくれるというのは、やはりありがたいですね。今回の「シネスコのフレームの外に出る」といったアイデアは自分にはなかったものです。

ーー先ほどお聞きした『GOEMON』の制作フローとはまったく違う進め方ですね。

紀里谷監督:『新世界』にも絵コンテはありましたが、ほとんど無視ですね。今回大きかったのは、谷垣健治さんにアクション監督に入っていただいてアクションコンテを作った点です。アクションコンテは谷垣さんがiPhoneでアングルを決め、それをコンテのベースにしています。

谷垣健治監督によるアクションVコンテ

岩崎:谷垣さんは映画『るろうに剣心』など実写のアクション監督を手掛けられている方です。谷垣さんも、現場で紀里谷監督と相談しながら「じゃあこっちからこういうアクションにしましょう」といった感じで、相談しながらコンテを作ることができたようです。

紀里谷監督:もう手描きの絵コンテは必要がないように思います。iPhoneで撮影して、後はモーションキャプチャーを絵コンテ代わりに作れるシステムが組めたら良いですよね。

ダイナモピクチャーズでのモーションキャプチャー撮影風景。スマートフォンで自ら撮影する紀里谷監督
アクションVコンテ撮影風景。スマートフォンで自ら撮影する紀里谷監督

ーー今回、プロジェクト管理ツール「ShotGrid(旧Shotgun)」を使って進行管理されたと伺っていますが、どのように活用されましたか?

岩崎:基本的にはプロジェクトの情報を全てShotGridに集めて、その中でカットを出してタスクを振っていきました。新型コロナウィルス感染拡大に伴いリモートワークに切り替わるスタッフもいたのですが、ShotGridに素材が上がるのでリモート作業でもリアルタイムに全体の状況を把握することができました。

ーータスク管理以外にも、レビューチェックでも使われているのですか?

岩崎:レビューも基本的には全てShotGridで確認しています。ゆえに、ShotGridのサーバーが止まるとウチも止まってしまいます(笑)。あと、他社さんに比べて珍しい使い方かなと思うのは、「Shotgun Desktop」というツールを使ってそこからMayaを起動しているという点です。これにより、『新世界』の設定が読み込まれたMayaが自動的に起ち上がるんです。

ーー間違ったファイルを開かないようにするためや、最新版のファイルをきちんと開けるようにするために、ということですか?

岩崎:そうですね。そういう意味でデータ管理がしやすいということと、カットによっては引き継ぎが頻繁にあるので、最新のデータがすぐにわかるようにするためです。これにより、今回クリエイティブな作業に集中できました。

ーー最後に、日本のクリエイティブに携わる方にメッセージをお願いします。

紀里谷監督:テクノロジーの進歩によって、今やクリエイターやアーティストという肩書の人は山ほどいますが、胸を張って自分の作りたい作品を作っている人は本当に少ないと思います。だから、特にメッセージとかはないかな(笑)。でも、僕がクリエイティブで重要だと思っていることは、どのような職業であろうと「本当に自分が作りたいものは何なのか」、「自分はどうありたいか」を追及するということです。難解だろうが極論と言われようが、僕は自分が信じる発言をするし自分の作品を作ります。そして最終的に、皆さんとお互いの作品を通して語り合えることが出来たら良いですね。

ーー紀里谷監督、エヌ・デザインの皆さん、本日は本当にありがとうございました!紀里谷監督の日本への思い、そしてそんな日本への最後の挑戦。我が身を振り返って考えさせられるお話でした。「新世界」の本編がどのような形になっていくのかを楽しみにしています!

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