トレンド&テクノロジー / サイエンスCG最前線!
第3回:裁判員制度での3DCG

2013.08.22

  • Maya
  • 中級者
  • 建築・製造・広告

東大在学中に3DCGを用いた何かを成し遂げたい

大学1年生の冬から大学2年生の冬まで東大とデジタルハリウッドとの二足のわらじ生活を続け、気付けば大学3年生になっていました。
東大では、3年生になると学生の多くが駒場キャンパスから本格的に本郷キャンパスに移り、医学部の授業も大学3年生から本郷で本格的にスタートします。
デジタルハリウッドを卒業した大学2年生の冬以降、Mayaに触る機会は無くなってしまいました。
「せっかく東大の学生なのだから、東大にいる間に、東大を巻き込んで3DCGを使って何かをしたい。」そんな思いだけはありましたが、では具体的に何をすれば良いのかはわかりませんでした。

医学部の授業や実習の中に、ヒントがあるかもしれないと思いつつ、毎日大学に通っていました。まわりの友達とは授業や実習に参加するスタンスがやや違ったと思いますが、「細胞内にシグナルが伝わっていくこの仕組みはアニメーションにしたら格好良いだろうなぁ。」とか、「ここの解剖は3DCGを用いれば立体的に一目瞭然になるんだろうなぁ。」とか、3DCGを活かせそうな題材は山のようにありました。しかし、具体的に何かが動き出したわけではありませんでした。

法医学教室との出会い

2007/7/18 (水)。私の人生を大きく変えることになった忘れられない日です。
当時の東京大学医学部では、大学3年生になると各学生に対してチューターの先生が自動的に割り振られていました。私のチューターになった先生は、東京大学法医学教室の吉田謙一教授でした。確か、学籍番号順に5人ごとに先生が付いた記憶がありますので、もし自分の学籍番号がほんの少しだけ違っていたら、吉田先生とお会いすることはありませんでした。
「とりあえず、懇親会でも開きましょうか。」という先生のお言葉で、私も含めた学生が法医学教室を訪れたのが、2007/7/18 (水)でした。
学生が法医学教室の先生方に一言ずつ挨拶をすることになりました。「いまは○○部に入って運動しています!」「将来は○○科の医師になりたいです!」と話すのが王道なのですが、私はせっかくの機会と思い、

「医学系のCGがやりたくて、去年1年間、専門学校とダブルスクールをしてCG技術を学んできました。法医学の分野でも、アメリカでは医療ミスとか交通事故とかの様子を絵で描いて説明するための専門的なイラストレーターがいるんですよ。」

と話を切り出しました。すると…

裁判員制度

吉田教授からは、予想外の反応が返ってきました。
この懇親会が2007年7月。当時の私の頭の中には全く無かったのですが、裁判員制度が始まる2009年5月まで2年を切った頃で、日本全体が裁判員制度をどう受け止めればよいかで話題になっていました。
これまでの裁判と異なり、専門家の間だけで進行されていた裁判に一般から選ばれた裁判員が加わる。専門知識や裁判用の訓練経験が無い裁判員に、どのように裁判に関わってもらうか。専門用語だらけの解剖所見や、解剖時の写真をそのまま裁判員に見せたところで全く状況を掴めず、理解出来ないのではないだろうか。
そんな状況の中、吉田教授は、ひょっとしたら3DCGを用いることで、裁判員にもわかりやすい裁判にすることが出来るのではないかと、大変興味を持って下さいました。
何も考えずに3DCGの話をしただけだったのですが、結果的にこの日の高々10分にも満たない自己紹介から、裁判員制度用の3DCG制作が始まりました。

とにかく専門用語、専門知識を理解する

サイエンスCG制作を私はよく家造りに例えます。どんなに優秀な大工さんがいても、設計図が無ければ家は出来ません。設計図を書くためには建築士さんが必要です。CG制作も一緒で、どんなに優秀なCGクリエーターの方がいても、どんなものをどのように作るのか、きちんとした指示書が無ければCG制作は出来ません。
例えば、以下の図を見てみましょう。



これは市販されている人体の3DCGモデルの首の部分です。筋肉や血管などが複雑に入り組んでいます。実はこれ、間違いがたくさんあるのですが、皆さんわかりますでしょうか?
正しく修正したものが以下になります。



修正前、修正後で並べてみましょう。



違いがわかりますでしょうか?このような修正をする3DCGの作業そのものはそれほど難しくはありません。ある程度3DCGを学んだ人であれば短時間で出来る作業です。
しかし、ではどこか間違っていて、どのように直せばよいのか、解剖学の知識の無い状態で果たして判断出来るでしょうか?絶対判断出来ませんね? これが、私がサイエンスCG制作を家造りに例える理由です。超一流のCM用のCGや映画用のCGを作っているクリエーターだけでは、このようなサイエンスCG制作は絶対に出来ません。もちろん、超一流のお医者さんや研究者だけでも出来ません。
両方の分野を理解出来る人がいて、「橋渡し」「通訳」となることで初めて「正しく、楽しい」サイエンスCG制作が出来るのです。

正しければ良い、と言うわけでもない。

サイエンスCG制作の合言葉は「サイエンスを、正しく、楽しく。」です。ですが、この言葉を誤解している方が少なくありません。常に100%正しくなければいけないと思っていらっしゃる方がとても多いです。
サイエンスCG制作で最も大切なことは、誰を対象としているのか、どの程度理解して欲しいのかを把握した上で、「正しさ」と「楽しさ」とを絶妙なバランスでコントロールすることです。
裁判所で証拠画像として提示されるのであればもちろんほぼ100%に近い正しさが求められますが、概念が伝わればよい、とにかく子ども達がサイエンスに興味を持つきっかけになればよいのであれば、求められる正しさは50%以下になることだってあります。

ここでご紹介する映像は私が大学4年生のときに制作した3DCG映像「心タンポナーデ」です。「心タンポナーデ」という病気があります。文字で説明すると非常に理解しづらい病気です。この病気でなぜ心臓が止まってしまうのかを、裁判員の方にもわかりやすく説明するための映像を作って欲しいとの最高検察庁の依頼で作りました。ちょうど1分間の短い映像です。



日本語版、英語版と両方作り、2008年の年の瀬にYouTubeで公開してから今でも再生され続け、合計再生回数は12万回を超えました。1日あたり70回以上再生されている計算になります。英語版のほうでは「よくわかった。」「医学生だけれどもとても勉強になった。」「文字を読んで学習するよりずっとわかりやすい。」などたくさんのコメントを頂いております。

一方で、専門家の方々からは時々以下のような指摘をされることもあります。

・最初の心拍数が少なすぎではないか。
・呼吸しているはずなので、肋骨も動いているのではないか。
・心臓から出血するのは収縮期の時だけではないのか。
・そもそもなぜ肋骨の色が緑なのか。

これらは本質をわかっていない指摘です。この心タンポナーデを作ったときは私自身がまだ学生だったこともあり、事細かに心タンポナーデを把握出来ていたわけではありませんが、少なくとも上記の指摘に関することは判った上でこの映像を作っています。
この映像は、専門家に見せて心タンポナーデの原理を正確に伝えるものでは全くありません。普段は医学に全く触れることのない「一般の」「裁判員の方々」に心タンポナーデの「概念を理解してもらう」ことが目的です。自分で言うと自慢げになってしまいますが、この映像が一般の方々から指示されていることはYouTubeからも明らかです。

上記の指摘のようなことを全く知らずにこの映像を作ったのであれば確かに罪かもしれませんが、対象が誰か、目的が何かを理解した上で、且つ内容に関して出来る限りの理解をした上で、何を強調し、何を省略し、何をデフォルメし、何を細かく見せるかを決めてコンテを仕上げ、最終的なCG映像やポスターなどにします。

懇親会でのちょっとした会話から始まった裁判員制度用のサイエンスCG制作。様々な知識をギュっと集めて初めてきちんとしたサイエンスCGが出来上がることが、少しでも実感できましたでしょうか?

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