業界の壁を飛び越え、新しい世界を切り開く。ライゾマティクス齋藤精一が語る「Data + Technology + Creative + Art + City」
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著者 杉山貴章
2017年9月21日と22日の2日間にわたって開催された、オートデスク株式会社の主催によるユーザカンファレンス「Autodesk University Japan 2017」。本レポートでは、その中で行われたライゾマティクス株式会社によるブレイクアウトセッション「Data + Technology + Creative + Art + City」の様子を紹介します。
ライゾマティクスといえば、クリエイティブやエンターテイメントの分野において、最新の技術を活用した実にさまざまな作品を世に送り出し続けている会社です。最近では放送技術やスポーツ演出などといった分野にも活躍の場を広げている一方で、新たにアーキテクチャ部門を立ち上げるなど都市開発の分野にも力を入れています。
このセッションでは、そんなライゾマティクスの代表取締役である齋藤精一さんが、同社の取り組みやモノ作りに対する姿勢などについて、実際の事例を交えながら紹介しました。
1. 活躍の場を広げるライゾマティクスの強みとは
ライゾマティクスのひとつの特徴として言えるのは、その活躍している分野が非常に幅広い上に、どの分野でも常に最先端をひた走っているということでしょう。セッション冒頭ではこれまでの代表的なプロジェクトを紹介するビデオが上映されました。そこには、さまざまなテクノロジーアートに始まって、ライブ映像と3D技術を組み合わせたリアルタイムな映像加工や、国内外のアーティストのミュージックビデオ、ドローンを活用したパフォーミングアート、スポーツの演出など、実に多彩な事例が含まれていました。
ライゾマティクスのスタッフにはプロデューサーやデザイナーやプログラマだけでなく、センサーなどに強いデバイス系の専門家まで幅広い人材が所属しています。その中で「これとこれは面白そうだから繋げてみよう」といった発想で、即興的にいろいろなものを作っていくというアプローチを行っています。
「僕が最近思っていることとして"Quantum structure(量子的構造)"というものがあります。今までの時代というのは比較的分野ごとに明確に分かれていて、いろいろなことが同時多発的に起こっていながら、業界別に縦割りであまりほかの業界とは繋がりがなかったりするわけです。この壁を乗り越えると、実はいろんな表現ができて、新しい見せ方や新しいサービスを作れるんじゃないか。スイミーのようにいろいろなことができる魚がいて、たまに集まって大きな魚に対抗したり、たまに一匹で勝負したり、そういう構造になっていくように感じています」
ライゾマティクスというのはまさに"Quantum structure"という視点のもとで、多彩な人たちが集まって、できるだけ一人一役というような構造にならないように意識しているそうです。
つづけて齋藤さんは、ライゾマティクスの設立当初に共感を受けていたものとして、横井軍平氏の「枯れた技術の水平思考」という言葉を紹介しました。いろいろな枯れた技術、既存の技術でも、使い方を変えれば新しいものが生まれるということであり、同社が日頃から心掛けている視点を端的に表しているいいます。また齋藤さん自身、設立時には特に「アートをどうビジネスにするのか」ということを強く意識していたそうです。
"アート"と"コマーシャル"を2本柱として活動するライゾマティクス。つまり、最新の技術を取り入れながらさまざまな新しいことにチャレンジし、問題提起を続ける一方で、顧客の声を聞きながら問題解決を行うような仕事も請け負っているということです。
従来、アートとコマーシャルは比較的明確にその役割が分かれていましたが、最近は少し状況が変わってきたと齋藤さんは言います。
「アートなのかコマーシャルなのかということではなく、ひとつの要素を引っ張ると他の全部が付いてくるような感じの時代になってきました。今やっている仕事がコマーシャルなのか、プロダクトデザインなのか、ブランディングなのか、またはアートなのか、そういった区別がつかないような現象が起きています」
アートで培った技術やアイデアをコマーシャルでうまく活用しつつ、露出を増やすことで興味を持ったブランドやメーカーと協力して新しいアイデアを試すというライゾマティクスのエコシステムは、そのような状況にうまくマッチしているようです。
それに加えて、もうひとつの特徴として挙げられたのがアカデミックな分野との繋がりです。ライゾマティクスのビジネスにおいて、ひとつの軸はエンターテイメントですが、その一方で研究所や大学などとも連携しながら作品作りを行なっているとのことです。そのようにすることで、最先端の技術をいち早く作品に取り入れることができるわけです。
2. ライゾマティクス アーキテクチャーを立ち上げた経緯
着実に活躍の場を広げてきたライゾマティクスですが、2016年に社内を「ライゾマティクスリサーチ」「ライゾマティクスデザイン」「ライゾマティクス アーキテクチャー」という3つの部門に分けるという改革を行いました。このうち、先端の技術を研究しながら新しいアート作品に取り組むのが「ライゾマティクスリサーチ」、先述のコマーシャルの分野にあたるプロダクト開発などに取り組むのが「ライゾマティクスデザイン」になります。そして「ライゾマティクス アーキテクチャー」は、それらとは独立して新たに立ち上げられた部門で、特に建築などの分野における取り組みを行っています。
「先ほどのQuantum structureという考え方からすれば、思い切って業界の壁を突破すれば、今いる業界から、全然別の業界に飛んで活躍することも可能なんです。それで、うちのようなクリエイティブの会社が、街づくりや都市開発のようなこともできるんじゃないかと考えたわけです。たとえば映像で街づくりに貢献するとか、映像の視点から都市開発してみるとか、そういうことができないかな、と」
齋藤さんはその一例として、これまでに手掛けたプロジェクション・マッピング作品のいくつかを紹介しました。近年さまざまな場面で活用されるようになってきたプロジェクション・マッピングですが、建物をインタラクションに使うこのような技術をきっかけとして、エンターテイメントの分野が建築と近くなり始めたと齋藤さんは指摘します。
「これまで建築の分野ではエンターテイメントはあまり見向きもされていませんでした。しかし最近では、エンターテイメントの世界から街づくりに貢献するような世界が現実的になってきたと感じています」
その手応えを確かにしたのが、2012年にKDDIの「au 4G LTE」のプロモーションとして製作した「FULL CONTROLシリーズ」と呼ばれるCMだそうです。これは、渋谷駅前のスクランブル交差点を舞台に、若者がスマートフォンの画面で照明や音楽、噴水、車などをハックして操作してしまうという映像です。
渋谷のスクランブル交差点というのは世界的にも人気の観光スポットであり、この場所を演出に使ってみたかったという想いがあったと齋藤さんは言います。当時、渋谷交差点を通行止めにして撮影に使うということは不可能であり、このCMも実際に渋谷で撮影したわけではなく、すべてCGで作られています。しかしその後、観光資源の活用方法を検討するシーンなどで一事例としてこのCMの写真が使われるようになり、その影響もあって2016年のハロウィンイベントでついに現実に渋谷交差点がエンターテイメントに使われました。
「これはもちろん僕だけの力ではないですが、CGを作って未来を絵で見せてあげたら、現実の施策がそれについてきたといういい事例になるんじゃないかと思っています。この頃から、エンターテイメントが街づくりや建築などに関われるのではないかと考えるようになりました」
もともと建築学科出身という経歴を持ち、アメリカの建築事務所でも働いていた経験を持つ齋藤さん。ライゾマティクス設立後は建築から離れた世界を歩んできましたが、この経験から「そろそろ建築に戻れるのではないか」という手応えを感じたといいます。
3. キリギリス的な発想が新しいチャレンジにつながる
そうは言っても、現実論として実際にテクノロジーをどう使っていけばいいのかという問題があります。齋藤さんは、現代はさまざまな優れたテクノロジーがユーザのすぐ手元に当たり前に存在しており、それをいかに活用していくかという時代になってきていると指摘します。
「いろんな技術や趣向、法律などが世の中に出始めて、いろいろな状況が整ってきました。では我々はそれをつかってどういう生活をするのか、どういう社会を作るのかということを考える状況になっています。プロジェクションマッピング凄いだろ、というような時代は終わり、今あるものを世の中でどう使っていくのかを考える時代になってきました。なので、どんどん身になるものを生み出していこうと思っています」
そのような新しい時代を作るのに必要な考え方として齋藤さんが示したのが下記の「アリとキリギリス論」でした。
齋藤さんは、ライゾマティクスは「"アリ"と"キリギリス風アリ"と"キリギリス"」からできていると感じているそうです。キリギリス的な人には普通の思考から逸脱した発想を持っている人が多く、ライゾマティクスがいろいろな新しい表現にチャレンジしてきたのも、そのようなキリギリス的発想によるものなのではないかというわけです。
そして、そのキリギリス的な発想を生かしつつ、「優れたテクノロジーをいかにして無駄遣いするかということを考えている」と続けます。次に紹介された2つのプロジェクトも、そのような思考の中から生まれたものだそうです。
4. 3D City Experience Lab.
「3D City Experience Lab.」(3DCEL)
ひとつめに紹介された「3D City Experience Lab.」は、都市に3Dデータのデジタルインフラが整った未来について考えるサイトで、2016年3月にローンチされました。
参考サイト: https://3dcel.com/
最近では建築現場でのドローンの活用や、自動車の自動運転、自動配送サービスなどがよく話題になりますが、これらの技術の実現には都市の3Dデータが不可欠になります。しかし、日本ではこれがまったく整っていないそうです。山や谷が多い日本だからこそ、3D地図に力を入れるべきだと齋藤さんは主張します。そこで、比較的フットワークの軽いエンターテイメントの世界からアプローチしてみようというのが3D City Experience Lab.を始めた経緯とのことです。
3D City Experience Lab.では、具体的には次のような内容の活動を行っています。
・RESEARCH- 3D都市データを学ぶ。企業での事例や国/行政での取り組み、特に進んでいるシンガポールやベルリンでの事例などを紹介する。
・SCOPE- 3D都市データの未来を考える。さまざまなバックグランドの有識者にインタビューし、それぞれの領域での3Dデータ活用の可能性や、それによって開かれる未来像、課題などについて聞く。
・STUDY- 3D都市データの未来をつくる。3D都市データを使用した作品制作や実験を行い、その過程をレポートする。
この活動の中では、3Dデータの法律的な取り扱いはどうなっていくか、地下の3Dデータをどう取るか、著作権の扱いをどうするかなどといった事項を整理することも含まれています。Autodeskと共同で、六本木交差点付近の地上データをスマホで撮影して3D都市データをつくるワークショップも開催。現時点では、渋谷駅周辺の地上データ、六本木交差点付近の地上データ、そして渋谷駅東横線副都心線ホーム周辺の地下データをクリエイティブ・コモンズ・ライセンスに基づいて公開しており、無償で利用できるとのことです。
齋藤さんの話の中では、特に渋谷駅周辺の地下データを集めた際のエピソードが興味深いものでした。
「渋谷駅周辺の地下は特に大きなチャレンジでした。何が大変かというと、権利関係が複雑で、国をはじめとしていろんな会社や団体の権利が絡み合ってるんですね。そこで僕が考えたのは、偉い人たちをみんな呼んでしまおう、と。それで一緒に歩いて、確認しながらスキャンして回りました。これによってどういうことができるか。ゲームに使ってみるのでもいいし、この活動自体をドキュメンタリーとして記録するのも面白い。こういうものを残しておけば、土木技術がどういう仕組みでできているのかといったことも見せられるかもしれません。ぜひ皆さんも、公開されたデータを使っていろいろ試してみてください」
5.押し入れをIT化する!「1964 Shibuya VR」
もうひとつの取り組みとして紹介された「1964 Shibuya VR」は、最新のテクノロジーを使って過去の写真から1964年の東京を3Dで再現しようというプロジェクトです。10月25日には、「1964 TOKYO VR」プロジェクトがローンチされました。
https://1964tokyo-vr.org/
1964年は東京オリンピックが開催された年ですが、当然ながらその当時の3Dデータは残っていません。しかし、押入れの中には思い出とともに50年前の写真が眠っているかもしれません。これを活用して、最新技術で当時の3Dデータを作ろうというのがこのプロジェクトの目的になります。こちらは、齋藤さんが語るコンセプト。
「東京は一世代で二回のオリンピックを体験することができる世界でも稀な都市である。高度経済成長の起爆剤ともなった1964年のオリンピックと2020年では東京はどう変わっているのか、アーカイブを試みるプロジェクトである」
齋藤さんがこの企画を思いついたのは、お父さんと話している時。1964年の東京オリンピックの思い出を生き生きと語るお父さんを見て、「この時代を3Dで再現したい」と考えました。そのために、押し入れに眠っている写真を募り、スキャンしてデータ化して3D化するのです。データ化にあたっては、精度が高い 3D モデルの作成など、Autodeskが技術協力で参加しています。
「Autodeskさんではいろいろ検証した結果、「Autodesk ReCap Photo」(写真測量技術を応用して、複数の写真から3Dモデルを作成するクラウドサービス)と「Autodesk ReMake(現在では「Autodesk ReCap Photo」に統合されています)」(連続撮影した写真素材やスキャンデータから高精細な3Dメッシュを生成するクラウドサービス)を使っています。ReCapは普段土木で使われるものなのですが、こういう使い方もあるのではないかと」
この企画のアイデアのインスピレーションになったのが、ライゾマティクスリサーチが手掛けた国立競技場メモリアルプロジェクト「SAYONARA国立競技場"FINAL FOR THE FUTURE"」の「Reviving Legends」、また本企画を齋藤さんと主宰する土屋敏男プロデューサーがカヤックと手がけた「鎌倉今昔写真」というサイト。「鎌倉今昔写真」は鎌倉の古い写真を集める地域活性化プロジェクトで、集まった写真は、アプリ上で現代の同じ場所・同じ構図の写真と比べて見ることができます。
いろいろな業界の人たちを巻き込みながら進められている「1964 Shibuya VR」。齋藤さんは押入れのIoT化をすすめたいと意気込みます。
6. データとクリエイティビティ
最後に齋藤さんは次の3つのキーワードを挙げてセッションを締めくくりました。
・TECHNOLOGY as TOOL(道具としてのテクノロジー)
・DATA RECYCLE(データリサイクル)
・DATA is PROTOCOL(データは共通言語になり得る)
「こういうものが何のためになるのかは、正直言ってわかりません。ただ、テクノロジーはあくまでも道具なので、その道具を使っていろんな夢を見てもらうというようなことができないかな、と。もうひとつはデータのリサイクルという意味もあって、みんなが持っているデータをシェアすればどこよりも早く日本全国の3Dデータが作れるかもしれません。ぜひみんなで集めたもので新しい取り組みができたらいいと思っています。最後に、今の時代で一番大事なのは業界を横断することで、データはそのための共通言語に成り得るということです。自分の持っているデータを別の人に使ってもらったら、新しいものが生まれるんじゃないかと思います」
「業界の壁を飛び越える」とは口で言うほど簡単なことではないはずですが、それを着実に実現しつつあるライゾマティクスの底力には驚かされるばかりです。その底力は、常に最新技術を研究し、それを積極的に現場に投入していくという同社のエコシステムに裏打ちされています。このセッションでは、どのような経緯でライゾマティクスの活動分野が今のように幅広くなっていったのかを知ることができました。これは、業界の壁を飛び越え、新しい世界を切り開くためのひとつの模範になるのではないかと感じる、そんな講演でした。