『ゴジラ -1.0』を制作したジェネラリスト集団 白組に 25の質問 - Mayaを軸とした自主性と柔軟性を重視したものづくり
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第96回 アカデミー賞® 視覚効果賞を受賞した『ゴジラ-1.0』。本作のVFXを手掛けた株式会社白組 調布スタジオは、3DCGのメインツールとしてMayaを採用しています。本記事では、白組独自の自主性と柔軟性を重視したものづくりの現場とワークフローについてお話を伺います。
株式会社白組
今年で設立51周年を迎えた、日本を代表する映像制作会社の一つ。CGやVFX、2D、ストップモーション等様々なアニメーション技術を主力として、CM、劇場用映画から、ゲーム映像、テレビ・ネット番組に至るまで幅広いジャンルを手掛ける。
『ゴジラ-1.0』
2023年11月3日公開。白組 山崎貴による、ゴジラ生誕70周年記念作品。第96回アカデミー賞ではアジア映画初となる第96回 アカデミー賞® 視覚効果賞を受賞。VFXは白組調布スタジオが担当した。
髙橋 正紀 氏
株式会社 白組 調布スタジオ部長。『ゴジラ-1.0』ではCGディレクター。第96回 アカデミー賞® 視覚効果賞受賞者。
田口 工亮 氏
株式会社 白組 モデラー。『ゴジラ-1.0』ではゴジラのモデリングを担当したほか、ゴジラの顔の接写のカット制作も担当。
風通しの良い制作体制
Q. 『ゴジラ-1.0』のVFXは35人で作られたと伺いました。とても少ないと思うのですが、どのような制作体制で進められたのでしょうか。
髙橋氏:「監督の山崎も含め、全アーティストが同じフロアで作業しています。山崎のほかに、VFXスーパーバイザーの渋谷、CGディレクターを私が務め、3人で全体のアーティストィングやクオリティチェックを行っていました。」
Q. 山崎さんと髙橋さん、渋谷さんはどのように分担してチェックをしていたのでしょうか。
田口氏:「主軸となるのは山崎ですが、CG的なアプローチで『こうした方が良い』といった意見が髙橋から来ます。私も含めて、いろんな人の意見を聞いて絵を作っていくのが山崎さんのスタイルです。」
髙橋氏:「山崎がOKを出していても、私や他のアーティストの意見を後から取り入れたり、自分で気になるところがあれば修正しながらカットを完成させていきます。山崎は各アーティストの自主性に任せています。」
Q. 自主性に任せることで、目標がズレてしまうことはないのでしょうか。
髙橋氏:「ずっと一緒に制作をしているので、目指す先のイメージはほぼズレません。山崎が『いいな』と思ったものはアーティストも『いいな』と思うし、アーティストが『良いものができた』と思うものは山崎も『いいじゃん』と言うことが多いです。同じ場所で目標となるイメージを共有している強みですね。だからこそ、自主的なものづくりが成り立っていますし、お互いに言いたいことを素直に言える、風通しの良い環境ができていると思います。」
定例ミーティングなしの映像の作り方
Q. 日々の目標のすり合わせは、定例ミーティングで行っているのでしょうか。
髙橋氏:「海外の大きなスタジオでは、デイリーやウィークリーなどの定期的なチェック体制で承認を受けながら作っていくやり方が主流ですが、日本の制作現場の規模だと無駄に時間がかかってしまう難しさがあります。山崎もその課題を理解していたので、定例ミーティングを設けないやり方を模索し続けてきました。」
Q. 具体的に定例ミーティングにはどのような課題を感じていますか。
髙橋氏:「もちろん定例ミーティングにもメリットはありますが、アーティストはミーティングを目標に準備してしまいます。もしアーティストが違う方向で作っていた場合、次の定例までの数日間、無駄な作業をしてしまうことになります。すると納期がどんどん延びてしまい、アーティストのモチベーションも上がりづらいです。」
髙橋氏:「なので、普段からお互いに言いたいことを言いやすい環境にしています。私と田口が『ここはもっとこうしたほうがいいんじゃないか』と話していると、この話題に参加すべきだと思ったアーティストが自然と集まってきて議論になります。結果、アーティスト同士で会話が盛り上がって、自然とデイリーチェックのようになります。」
田口氏:「普段から山崎自らアーティストに直接フィードバックをしてきますし、アーティスト側にも意見を求めてくるので、日々いろんな人の意見を聞きながら作っています。作業しているアーティスト側で試したいことがあるときは、髙橋に『いつまでならチャレンジしていい』と言ってもらえることがほとんどなので、とてもやりやすいです。」
長編と短編プロジェクトの両立による技術向上
Q. 普段は映画をずっと作っているのでしょうか。
髙橋氏:「映画のプロジェクトだけでなく、隙間があれば常にCMなど短期間の他の映像を同時並行で受けています。」
Q. 長いゴールと短いゴールを使い分けているのですね。
髙橋氏:「映画のような長いプロジェクトだけだと、どうしても視野が狭くなってしまいます。CMのような短いプロジェクトでいろいろな監督と仕事をすることで、アーティスト自身のセンスや引き出しを広げることができますし、学びも得られます。とはいえ、長編は同じ作業を続けることで専門的なスキルを伸ばせる場でもあるので、長編と短編のバランスを考えて配分しています。」
Q. 大規模なプロジェクトで忙しい時もCMなどを挟んでいるのでしょうか。
髙橋氏:「はい。大規模なプロジェクトの最中でも、進行状況によってアーティストごとの忙しさにばらつきが生じます。そのため、短期的なプロジェクトを間に挟むことがあります。これが可能なのは、アーティストたちが『忙しいからできない』と怒る人がいないのが大きいです。私たちのチームは、『これは自分の仕事だから、これくらいはやらなければ』と自覚しているメンバーが多いですね。」
『ゴジラ-1.0』の映像表現への挑戦
Q. 『ゴジラ-1.0』のゴジラはとにかく実在感があり、強さも感じました。表現するうえで意識したことはありますか。
田口氏:「怖く見えるように、可愛く見えないように意識して作業していました。加えてスケール感を意識していました。」
髙橋氏:「着ぐるみぐらいのサイズ感に見えてしまうと、映画館で強さを感じづらいので、周りのものとの対比、特に寄りのカットのディテールに注意していました。」
Q. スケール感のあるディテールを表現するために、どのような手法をとったのでしょうか。
田口氏:「山崎がZBrushを使って3Dのデザインを作るので、それを元に私がZBrush、Mudbox、Maya、Houdiniを使って詰めていきました。」
Q. Mudboxも利用しているのですね。どのように使い分けているのでしょうか。
田口氏:「ベースの作業はZBrushで行いますが、その後のディテールを彫り込む作業はMudboxを使っています。ZBrushは初速の作業スピードが速いですが、扱えるポリゴン数に限界があるのが課題です。全部ZBrushでやろうとすると、ポリゴン数に収まるように腕、胴体、頭といったようにパーツ分けをする必要があります。一方でMudboxはコンピュータにメモリさえ積んでいれば、たとえ4億ポリゴンを超えていてもほとんど分割せずに作業ができます。ある程度形状が決まるまではZBrushで作業し、ディテールの作業に入るタイミングでMudboxに移行しています。リトポロジとカット制作はMayaとHoudiniで行っています。」
Q. 4億ポリゴンをMudboxで作業できるんですか。
田口氏:「作業できますが、実際には1億ポリゴン程度で分けて作業しています。ZBrushだと4000万ポリゴンくらいで分割が必要なので、それよりは格段に作業しやすいですね。それから、ZBrushだと分割してディテールを入れた後にフォームを変えるのが難しいのですが、Mudboxなら最初から1億ポリゴンで動くほか、UVが一緒ならベクターディスプレイスマップを使って形状をそのまま再現できる機能があるので、ディテールを彫ったあとでもフォームを変えるのがやりやすいです。とはいえZBrushのほうが早く作業できる場面もあるので、各種ツールを行き来しながら作っています。」
Q. 田口さんはカットのフィニッシュまで担当されているのでしょうか。
田口氏:「はい。レンダリングまでやるジェネラリストです。リグはアニメーターの河原佑樹さんにお願いしました。」
髙橋氏:「『ゴジラ-1.0』はゴジラが人間のように動くのではなく、かつ恐竜にもしたくなかったので、その塩梅を探る必要がありました。山崎は初代のゴジラをリスペクトしてテイストは残しつつ、着ぐるみには見えない表現を模索していました。筋肉シミュレーションを入れる方法もありますが、クオリティ的には高く見えても恐竜映画になってしまうということで、メインのゴジラにはあえてシミュレーションを入れていません。」
Q. Mayaを選んでいる理由を教えてください。
田口氏:「ずっとMayaを使っているので、何かしたいという時にMayaが一番早いというのが理由です。それから、ユーザーが多くてツールも豊富なのが良いところです。」
Q. 「大きく見せる」上で、ディテールや対比するもの以外に工夫したことはありますか?
髙橋氏:「カメラアングルですね。基本は山崎の資料を元に作っていますが、アングル的にどうしても大きく見えない場合は各アーティストがアレンジして監督に提案しながら、『まだ大きく見えないな~』など対話して大きく見える角度を探していきました。」
髙橋氏:「ほかにも、ディテール面では海の表現にもこだわりました。海は質感よりも白い粒がどれだけあるかが重要で、HoudiniでパーティクルをそのままRedshiftでレンダリングする手法を取っています。」
Q. アングルを探るうえで、Vコンなどは作っているのでしょうか。
髙橋氏:「撮影前に絵コンテを再現したVコンは作っていますが、現場でその通り撮れるとは限りませんし、実際作業していく中で変えることもあります。他にも、銀座の逃げるカットではカメラマンの倉田さんが制作したiPhoneのAR Finderアプリを現場で使っています。実寸のゴジラをARで映して、監督、カメラマンや役者さんに実際に見てもらいながら撮影を行いました。」
Mayaを中心とした作業体制
Q. 『ゴジラ-1.0』のCGのメインツールはMayaと伺いましたが、具体的にどのようなパイプラインで使われたのでしょうか。
髙橋氏:「私たちのチームはパイプラインを固定化しないスタイルで作っています。最初にある程度の流れは設計しますが、やってみないと分からないこともあるので、柔軟に組み替えていきます。ただ、主軸としてMayaを使っている点は変わりません。」
田口氏:「Mayaはアニメーションが強いので、生き物などリグに関連したアニメーションを扱うスタジオは白組以外もMayaが多いですよね。それから、他のアプリケーションから必ずMayaに戻せる環境が整っているのも強みだと感じています。Mayaは業界標準のツールなので、Maya向けのエクスポーターは大抵の3Dアプリケーションに付いています。互換性があるのは大事です。」
田口氏:「例えば、HoudiniからBlenderにデータを渡すのはなかなか難しいんですが、HoudiniからMayaであればインスタンスを持っていったり、HoudiniのパーティクルをMayaのBifrostなどで再現する方法などがあります。データ移行の土台ができ上がっているのはかなり大きな強みです。」
Q. レンダラーは何を使っていますか。
髙橋氏:「最初はMayaのArnoldを使ってレンダリングしていましたが、高い解像度が求められてくる中でレンダリング時間が課題となっていました。そのため、現在はより速いRedshiftでレンダリングするようになりました。『ゴジラ-1.0』もMayaからRedshiftでレンダリングしています。Arnoldも最近GPUレンダリングに対応し始めたので、今後GPUに最適化されるのを期待しています。」
Q. 社内でデータはどのようにやり取りしているのでしょうか。
髙橋氏:「アーティストが使うワークステーションのネットワークがすべて10Gbpsで接続されているので、素早くデータをやりとりできます。私たちのチームはCGとコンポジットを一つのペアとして考えています。コンポジットに頼りすぎてもCGの質が下がってしまうし、CG側が良いものを出すまで渡さない、となるのも問題なので、バランスよく分担してペアになれるような環境構築と文化を整えています。」
柔軟なパイプライン
Q. Mayaの魅力の一つに、MEL、PythonやAPIなどのカスタム開発があると思いますが、独自のツールなどは作られるのでしょうか?
髙橋氏:「このスタジオにはテクニカルアーティストはいないのですが、アーティスト自身がPythonやMELを必要に応じて各自作っています。これはMayaだけでなくNukeも同じです。それぞれのアーティストが作って、みんなでシェアする文化ができています。」
Q. まさにジェネラリストですね。パイプラインを明確に組まないことで、混乱はないのでしょうか。
髙橋氏:「分業スタイルで作る場合は混乱が生じると思いますが、私たちのチームはアーティスト個人個人がいろいろできるので、問題は起こっていないですね。流動的に、アニメーターの作業が終わったあとにカット制作を担当したりします。必ずしもみんなにパブリッシュするものを用意する必要があるわけではなく、この映像をどう解決するかという発想で各個人が動いているので、むしろパイプラインが定まっていないほうが作りやすいんです。これが山崎が目指している『自立型』の映像の作り方です。」
田口氏:「基本全員ジェネラリストなので、修正対応が迅速にできます。パイプラインを組んでいると、例えばちょっとした動きの修正でもリグ担当の人に直してもらって、別のアニメーターが対応する、といった状況が発生し、時間がかかってしまいます。私たちのチームはAlembicキャッシュもUSDキャッシュも取らずに、基本リファレンスで作業しています。何千カットもあるようなプロジェクトでは通用しないかもしれませんが、規模感によっては必ずしもパブリッシュする作業フローにこだわらなくても良いと考えています。アニメーションにシビアな修正がある場合を除いて、カット内で直せるのが一番良いです。」
髙橋氏:「もちろんテクニカルアーティストがいない中で、ジェネラリストの限界も感じています。第96回 アカデミー賞® 視覚効果賞をきっかけにアメリカに行き、そこで出会った海外スタジオの人たちの話を聞きましたが、技術がすごいんですよ。例えば『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』では、水のシミュレーションだけでも289名いるんです。数百名規模の博士号クラスの人たちが作ったすごい技術の結晶でした。結果として素晴らしい映像ができていたし、憧れではありますが、実際に日本の環境でそれができるかといえば難しいと思います。特に、今回の第96回 アカデミー賞® 視覚効果賞でも、他のスタジオが論理的かつ合理性を追求していたのに対し、弊社はジェネラリスト志向で独自性を発揮できたことがオンリーワンに繋がった側面もあると思っています。ILMでもジェネラリストを求めていますし、そういう時代が来ているとも感じています。」
Q. どの程度の規模感ならこのワークフローを取れると思いますか。
田口氏:「ジェネラリストのチームか、分業のチームかを軸にして考えるべきだと思います。ただ、アーティストが10人いれば10通りの方法があるので、そのやり方に落とし込む方法が最適解だと思います。自分が一番早くできる環境が大切です。」
髙橋氏:「パイプラインがしっかり作られていると、パイプラインの中でどのアーティストの要望を優先するかを調整するのが大変ですし、そこでまた会議が発生するかもしれません。私たちのように2~3人の関係者で解決していくやり方の速度感は魅力の一つだと思います。」
髙橋氏:「このワークフローができているのは、全アーティストを見通せる環境があるのも大きいと思います。何をやっているのか見えないと、『部署の問題なんじゃないか』とか『これは俺の仕事なのか』みたいな問題が出てくると思います。チャットも仕事場もオープンで誰でも見えるようになっているので、経緯を含めて皆状況を知っていて、いきなり問題が降ってくるということがないんです。」
Q. 制作管理はどうしているのでしょうか。
髙橋氏:「カット管理はGoogleスプレッドシートで進捗を記入しています。自分が担当していないカットの進捗も見られるので、お互いに積極的にコミュニケーションを取りながら進めています。いわば、全員が制作進行という感覚です。」
田口氏:「スタジオでもコミュニケーションが常に行われていますが、同時にチャットも活発に動いています。担当じゃなくても、今大体どんな状況なのか見えるようになっています。」
Mayaが選ばれる理由
Q. MayaがVFXの現場で選ばれる理由は何でしょうか。
髙橋氏:「早い段階で今後業界標準になるであろう機能を積極的に搭載するところが良いです。例えばカラーマネジメントはACESがまだv0.9の頃から将来を見据えて搭載されていたので、リニアワークフローからスムーズにACESに移行することができました。白組は『海賊とよばれた男』からEIZOのColorEdgeシリーズを揃えて、ACESで作業できるようになりました。それまでは制作中の絵と最終的な絵で乖離があり、脳内変換で作業する必要がありましたが、ACESによってこの問題は解決しました。Mayaが最初に取り入れてくれたから、改革のチャンスだと当時感じていました。」
Q. USDは今後取り入れる可能性はありますか。
髙橋氏:「USDはMaya、Blender、Houdiniなどツールをまとめるのによいフォーマットだと感じています。Mayaは新技術への対応が早いので、今後も期待しています。」
今後の展望とチャレンジ
Q. 最後に今後の展望をお聞かせください。
髙橋氏:「白組は昨年50周年を迎え、今年で51周年目となります。私達はトレンドに流されない守旧的なところがありますが、同時に挑戦的な側面も大事にしています。大きい仕事を含め、これからも引き続きいろいろな仕事にチャレンジし続けたいと思います。」
TEXT:三宅 智之
EDIT:鈴木 勝
PHOTO:野島 達司
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監督・脚本・VFX: 山崎 貴
制作: TOHOスタジオ/ROBOT
製作・配給: 東宝
公式サイト:https://godzilla-movie2023.toho.co.jp/
©2023 TOHO CO., LTD.
*上記価格は年間契約の場合の1ヶ月あたりのオートデスク希望小売価格(税込)です。