スクウェア・エニックスが進行管理に本気で挑む | ShotGridでの『ファイナルファンタジーXVI』管理術
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シリーズ初のアクションゲームとして2023年6月22日(木)に発売された『ファイナルファンタジーXVI(以下、FF16)』。ストーリーやグラフィックの美しさにアクションゲームとしての要素が加わったシリーズ最新作だ。PlayStation®5でのリリースとなった『FF16』では、従来にも増して美しくリッチな映像表現が求められた。記事「スクウェア・エニックスは『ファイナルファンタジーXVI』でMayaとMotionBuilderをいかに使い倒したか| テクノロジーの掛け合わせが新たな表現を生み出す」に続き、同社がShotGridをフル活用して本気で挑んだ進行管理の一部始終について話を聞いた。
インタビューを受けていただいたスクウェア・エニックス社の皆様
株式会社スクウェア・エニックス
岩渕栄太郎氏(リードシネマティックテクニカルアーティスト)
鈴木健夫氏(シネマティックマネージャー)
複雑化する管理業務。
ShotGridがもたらすもの。
現代人は忙しい。情報もタスクもあまりに多すぎる。企業が業務の効率化と自動化を重視することは、サービスの品質向上および従業員の精神衛生を健全に保つためにも常に改善を心がけるべき点であろう。しかし改善したくともできない理由があるのも事実である。予算の問題、知識の問題、技術者確保の問題、維持・継続の問題......。企業は実に様々な問題を抱えている。
また、あらゆる面で多様化が進む現代の働き方では、スタッフの立場や関わり方、権限、裁量、知識やリテラシーなども様々である。このように複雑化する現代において、プロジェクト管理や進捗管理、案件管理といった「管理業務」の質と精度は、プロジェクト成功の鍵となると言っても過言ではない。
本稿で紹介するスクウェア・エニックスが手掛けるFF16のような数百名もの関係者を抱える大規模開発の現場では、「申請ー確認ー承認」といった承認フローはもちろん、頻回に発生するリテイク、セクションをまたいだ意思疎通や情報伝達、担当者同士の進捗確認や、やりとりの内容確認といった確認作業が非常に多くプロジェクトの進行を妨げることも少なくない。伝達ミスや無駄な承認作業を排除し、アーティストたちのストレス軽減を図ることで、「人間にしかできないクリエイティブな作業」に注力してもらいたい。スクウェア・エニックスはいかにしてShotGridの導入を進め、複雑化するプロジェクト管理の効率化を図ったのか。本稿を通して採り入れられるポイントがあれば幸いである。
まずはここから。
ShotGridの導入障壁をいかに越えるか。
ShotGridの導入障壁をいかに越えるか。まずはこの問題をクリアしなければならない。背景やキャラクターなど、アセットの制作管理ではすでにShotGridを活用していたものの、カットシーン制作管理ではShotGridをまだ利用していませんでしたと鈴木健夫氏(シネマティックマネージャー)は話す。FF16ではカットシーンの制作でもShotGridを活用し効率化を図っていきたい。しかし導入に際して、綿密なフローの構築のみならず「スタッフの理解」を得ることも重要なのではないかと岩渕栄太郎氏(リードシネマティックテクニカルアーティスト)は考えていた。
従来のカットシーンの制作では、内製の確認ツールを活用し連絡は全てメールでやりとりしており、お手製のスプレッドシートなどで全体の進行管理を行なっていたため情報がバラバラになっており、瞬時の状況把握や後から振り返りづらい環境であったと鈴木氏は話す。「制作スタッフは社内・社外と幅広い人が関わっているため、ShotGridで共通認識を統一することで効率化が図れるのではと考えました。ShotGrid1か所に情報を集約する事で導入のメリットは高いのではと感じました。そこでこれまでの試行錯誤や教訓を活かし、セクションごとにShotGridの活用法を伝える説明会を実施して丁寧にレクチャーし、スタッフ全員に対して導入への理解を深めていくことにしました」(鈴木氏)。
ShotGridは進行管理の担当者とクリエイティブチームの間をとりもつハブとしての機能を果たし、プロジェクト全体のフローとタスクをひとつに統合する役割を担ってくれる。作業負荷のバランスや遅延が発生している箇所の確認・調整も迅速に行なうことができるため、プロジェクト全体のパフォーマンス向上が叶うというわけだ。岩渕氏は「FF16の場合はカット数が非常に多いため、担当者や問い合わせ先がわからないという問題が発生しがちなのですが、カットの担当者がすぐにわかるようなページのレイアウト編集も簡単に行えました。また、詳細なやり取りの履歴を確認・追跡できる "レビュー機能" にはとても助けられました」と話し、履歴を見ることで "どこで" "なぜ" "どの担当者で" ステータスが止まっているのかを一目で把握できた点を高く評価している。
映像制作もゲーム開発も。
どのようなフローにも対応するShotGridの柔軟性。
ShotGridはハリウッドをはじめとして、国内でもアニメ制作や映像制作の現場ではマストツールとなっている。そして、ゲーム開発の現場でも近年になって活用は増加傾向にある。そんなゲーム開発の現場でのShotGrid活用について、岩渕氏は次のように語っている。「映像制作とゲーム開発のカットシーン制作の進捗管理は似ているように思われるかもしれませんが、少し異なる部分があります。ゲーム開発の場合はシナリオからサウンドなど、映像制作と比べてより幅広い工程と各セクションが密にやり取りしながら進行していきます。我々は "ステージ制" と呼んでいるのですが、ShotGridを使ってゲーム開発の工程に沿った "セクションをまたいだ制作フロー" に合わせたタスク管理の運用を考えました」。
岩渕氏の話を少しかみ砕いて説明しよう。映像制作の場合は、ポスプロ(ポストプロダクション)と呼ばれる最終工程で音を入れていくケースも多いかもしれない。ゲーム開発の場合は、開発中に音声を再生しながら動きや表現を合わせていかなければならない。音声収録の進捗や音声素材データの情報とアニメーション編集のタスクが連携している状況が理想的なのだ。このフローを巧くShotGridでハンドリングしているのが、同社が「ステージ制」と呼んでいるスケジュールの組み方というわけだ。「このように、映像制作とゲーム制作のフローの違いは少なからずあると思うのですが、そういった違いも吸収してどのようなワークフローであっても対応してくれる柔軟性は、ShotGridの大きな魅力なのではないでしょうか」(岩渕氏)。
また、岩渕氏と鈴木氏が「活用し倒した」と口をそろえて賞賛するのが「フィルタリング機能」だ。アーティストや担当者が制作したデータをカット番号やファイル番号、担当者等でフィルタリングして検索・追跡できるため、膨大な情報量を取り扱う大規模開発の現場でストレスなく任意のデータにアクセスできたという。「様々な条件でデータのフィルタリングが行えるのでぜひ使いこなしてほしい機能です。必要な情報に素早くたどり着けるので、進捗管理でとても重宝しています」(岩渕氏)。
ShotGridのステータス変更やコメント等の連絡は、標準機能でもメール通知が受け取れる。しかし、同社では、前工程のステータスが変更された時に「次工程のステータスも連動して自動的に変更され、関係者に限定してメールを送信する」という仕組みをカスタムツールの開発によって運用している。「大規模な人数での開発ですのでITリテラシーにも多少のムラがありますし、プロジェクトへの関わり方も様々です。ステータスの自動変更で工程間のスムーズなバトンタッチを実現できました。また、求める条件のメール通知を標準機能で行うと必要以上に広い範囲に大量のメールが届いてしまう状況がありました。本当に自分に必要な連絡が届くようにしておかないと、メール自体を確認してもらえなくなりますし、そうなると見落としが発生しますからね」(岩渕氏)。このように、プロジェクトの規模や内容、スタッフに合わせてカスタマイズできるのがShotGridの強みでもある。
ShotGridを補強するためのカスタムツール導入のポイント。
スタッフが安心して利用できるように。
では実際にどのようにShotGrid向けのカスタムツール開発と運用を行っていったのか。岩渕氏に聞いてみた。「まずは設計書のようなものを準備しました。設計するにあたり、全セクションのスタッフに徹底的に何度もヒアリングして洗い出しを行い、どういう工程の受け渡しでステータスが自動的に変更すると便利か、その際にどの関係者へ通知が届くのが理想的か各セクションやチームの要望をリストアップしました。標準状態のShotGridからさらに使いやすくするにはどういった挙動が望ましいのかカスタム開発の優先順位をつけていった感じです」。ちなみに1回目のヒアリングでは30個ほどの要望が上がったそうで、その後はプロジェクトで運用しながらカスタムツールの新規リリース&アップデートというかたちで随時要望に応えていった。FF16では「社内定期メンテナンス」と「社内臨時メンテナンス」という名目で週のはじめにShotGridカスタムツールのアップデートを実施。プロジェクトを通して大規模なリリースは計4回、小さなアップデートやリリースは計20回程度行なったとのことだ。
カスタム機能のリリース&アップデートを行なう際は管理チームの数名で役割分担し、人海戦術でひとつひとつステータス変更やメール通知の挙動テストを行って問題を潰していった。正直かなりの工数がかかったが、運用後のトラブル発生を回避するためには必要な工程であったと岩渕氏は話している。期待と要望に応えてカスタム機能をリリースしたとしても、トラブルが多発すると運用に対する不安や不満を募らせる原因となるからだ。「クリティカルなものも含め相当数のバグを見つけることができたので、リリース前に慎重にテストをして本当に良かったです。スタッフの皆さんにも安心してShotGridのカスタム機能を使ってもらうことが出来たのではないでしょうか」(岩渕氏)。
一方で鈴木氏は、ShotGridでの進行管理を主軸に据えつつも、一部作業ではExcelを用いてデータを確認するという手法もとったという。その際、ShotGridの「CSVの出力機能」が非常に便利だったと話している。「ShotGridの必要なデータをCSV形式で書き出して、Excelで見せ方を自由に加工して管理することもできるんですよ。開発チームに頼んでCSVを自動で出力してもらうツールも作成してもらいました。制作状況の変化は速く頻繁にアップデートする必要があるので、お手製の管理表であってもその都度ShotGridのマスターデータをもとに正しい情報を確認できるのはとても助かりました」(鈴木氏)。
ShotGridはインフラツール。
導入成功の決め手は「安心して使ってもらえたこと」。
進行管理を快適にするための基盤を構築してくれるツールであるShotGrid。岩渕氏は「ShotGridはインフラツールだ」と話している。しかしインフラである以上、プロジェクトにとって必要不可欠な仕組みとして信頼を得なければならない。「スタッフの皆さんに最後まで安心してShotGridを使ってもらうことができたか。それがShotGrid導入の成功を決めると考えており、運営チームもその点を意識して取り組んでいました」(岩渕氏)。期待を込めて使い始めたものの、慣れ親しんだ従来のやり方が変わることに抵抗感を抱く人もいるだろう。だからこそ、導入に対する理解を深める働きかけやフォロー体制の整備、快適に使ってもらえるようシステムを組むことが、ShotGridへの切り替えをスムーズに行なう秘訣となったようだ。
最後に、気になる費用対効果について率直な感想を岩渕氏と鈴木氏に聞いてみた。「ShotGridを活用するメリットは多いですが、的確に情報伝達ができるため伝達ミスを回避できる点に最も費用対効果の高さを感じました。情報伝達にミスが生じることでそのフォローに3人で3日かかることがあります。ShotGridでまったくミスが無くなったとまでは言いませんが、プロジェクトを通してスムーズに開発が進められたのは、これまでよりも滞りなく意思疎通ができたからです。ShotGridを導入することで、管理コストを数人分削減できたと思います。」と岩渕氏。ShotGridは継続して活用することでノウハウが溜まるうえ、スタッフもShotGridでの運用に慣れていくため費用対効果は時間の経過でどんどん上がっていくのではと評価している。
一方鈴木氏は、フローの組み立て方を工夫することでShotGridの費用対効果を感じることができると話す。「いきなり全てをShotGridで運用しようとすると抵抗があると思うので、まずは特定のプロジェクトや部署でアセット管理やショット管理などをShotGridでまかないつつ、徐々に利用を拡大していくとスムーズかもしれません。例えば前述したとおりCSVを入力と出力できるので、Excelベースで進捗管理をしている場合はそういったところからShotGridを導入してみるといった具合です。プロジェクトとフローに合った手法を取ることで、費用的にも見合ってくるのではないでしょうか」。
「スモールスタート」という言葉がある。いきなり大冒険に挑むのではなく、いま自分の手元にあるものを使って少しずつ前に進めていくという手法だ。プロジェクトや企業の規模、予算にも依るが、もしShotGridの導入を検討しているならば、小さなところから導入を進めていくというのもひとつの手だ。そして少しずつ活用の割合を増やしていくことで、ShotGridは理想的かつ強力な "プロジェクトマネージャー" になってくれるのではないだろうか。
TEXT:三村ゆにこ (@UNIKO_LITTLE)
EDIT:スクウェア・エニックス、オートデスク
FINAL FANTASY XVI
対応機種:PlayStation®5
ジャンル:アクションRPG
プレイ人数:1人
CERO:D
© SQUARE ENIX
*上記価格は年間契約の場合の1ヶ月あたりのオートデスク希望小売価格(税込)です。