あの凄まじい映像美はどう作られたのか?STUDIO4℃が語る映画『海獣の子供』制作の裏側
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「STUDIO4℃」がアニメーションを手がける新作映画『海獣の子供』が話題だ。STUDIO4℃といえば古くはケン・イシイのMV「EXTRA」から映画『MEMORIES』、『マインド・ゲーム』、『鉄コン筋クリート』、『ハーモニー』など、斬新な映像表現で世界じゅうのアニメファンを魅了してきたプロダクション。『海獣の子供』でも、作画アニメーションと3DCG(CG)の融合、臨場感のある効果音、さらに久石譲氏による音楽や米津玄師氏の主題歌が加わり、かつてない映像体験が存分に味わえる作品に仕上がった。
本作の3DCGパートにはAutodesk Mayaが使われている。今回は、本作のCGI監督を務めたSTUDIO4℃の秋本賢一郎氏にあの圧倒的な映像表現がいかに実現したのかを伺った。
6年かけて作り上げた全く新しい映像表現
――映画『海獣の子供』、拝見しました。まあとにかく衝撃と余韻がすごくて...。五十嵐大介さんの原作の絵がそのまま動いている!という衝撃がまずあって、そこに加わる背景もキャラクターの動きも圧倒的で、まるで動く絵画を2時間見ているような感覚でした。一体どれくらいの期間をかけて作られたんでしょうか?
秋本:田中(栄子、STUDIO4℃代表)曰く、企画が動き出したのは6年前だったそうです。企画の初期段階では自分と色彩設計担当の二人だけでテストカットを作っていきました。プロダクションが本格的化してからの制作期間は3年ほどです。
――手描きの作画アニメーションチームとCGアニメーションチームが密に協業した結果実現できた映像表現だと思います。STUDIO4℃だからこそ可能になる制作方法ですよね。「ここは手描き」「ここはCG」という分担はどのようにされていったのでしょうか?
秋本:まず初めに、絵コンテを見ながらざっくりと分担を決めて、その次の段階として「作打ち」と呼ばれる、カットごとに綿密に決める打ち合わせを行いました。とはいえCGと作画がこのような形で融合されることはあまり前例がないので、CGでどこまで作画に肉薄した絵が作れるのか、その時点ではわからない状態でした。もしもCGで作れなかったら「ここは作画でやりましょう」という判断をされてしまうので、僕たちも半ば意地になって「これまでに見たことがないものを作るぞ」という思いはありました。究極的には、「全く新しい、CGっぽさのないCG」を目指していたというところでしょうか。
――本作ではキャラクターデザイン・総作画監督・演出を「神アニメーター」との名も高き小西賢一さん(※)が務められていますね。
秋本:小西さんは一切の妥協がない方。最初の課題は、小西さんに、「CGでしかできないこと」を納得していただくことから始めました。最初は「クオリティが達していない」とお叱りを受けることもあったのですが、テストカットを作って提出するたびに「このカットにはこの答えがある」と指導していただいて。一カットずつ、「CGでもできる」と信頼を勝ち得ていきました。だから、この映画は1カットごとに作り込んだものを積み重ねているようなものなんです。そして、カットごとに担当したクリエイターの色が濃く出ている。それが本作の映像の大きな特徴だと思います。
※小西賢一:スタジオジブリにて『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』で原画を担当、『ホーホケキョ となりの山田くん』では作画監督を担当。その後フリーとなり、『千年女優』、『TOKYO GODFATHERS』など今敏の作品、『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』、『かぐや姫の物語』、『思い出のマーニー』を手がける
――CGチームはどのような編成だったのでしょうか?
秋本:制作期間の長いプロジェクトだったので、スタッフが抜けたり入ったりと流動的ではあったのですが、CG作業全体(3DCGを使った作業の他に、コンポジットやエフェクト作成、動撮、原撮作業等など)に携わった総スタッフ数は30名ほどです。その中でMAYAを使って作業してくれたスタッフは15名ほどになります。
今作では特にカット内で要求されるCG作業のハードルが高かったこともあって、アニメーション作業をするスタッフが、リギング、モデリングまで戻って調整作業をしたり、そのカットの画的なイメージのプラン決め、撮影まで担当することも多々ありました。STUDIO4℃の特徴とも言えるかもしれないのですが、「ジェネラリスト」タイプのスタッフが集まってくれたので、CGディレクターとしてはとても助かりました。
――まるで万華鏡のような映像世界だと感じたのですが、そうやって個々のクリエイターが作り上げたカットを積み重ねた結果なんでしょうか。
秋本:個人的に、それぞれのクリエイターの色が残って個性が出た方が面白い作品になると思うんです。いろいろな絵が出てくると飽きるということがないですよね。渡辺歩監督もそういった考えでした。とは言っても、個性を出しながら、全カットを小西さんの求めるクオリティに達するものにしなくてはならない。クリエイターたちが頑張ってみても、どうしても難しいという場合は、自分が引き取って調整するなどしました。
――その「クリエイターの個性」というものですが、クリエイターの皆さんはどのように作り上げていったのでしょうか?
秋本:「こっちのカットではこの素材を試してみたから、こっちのカットでは違うことをやってみよう」という挑戦をしています。例えばクジラが飛び跳ねるシーンを担当した平野は、クジラのお腹に水が流れる素材やタッチっぽい素材を重ねるなど、様々な試行錯誤の末にあの表現にたどり着きました。その分時間はかかりましたが、最終的に良いものができたと思っています。
「CGっぽい質感」をなくす工夫
――他にはイワシの魚群のシーンなどもCGで作られていますが、いわゆる「CGっぽい質感」ではなく、「五十嵐大介さんの絵」になっていて驚きました。
秋本:そもそも「CGっぽくない絵」ってどういうことなんだろう?というところから考えました。例えばCGだと絵が綺麗に繋がりすぎて滑らかに見えすぎてしまう、など。作画さんの作り方は、次の絵を想起させるような動きを一枚づつ作って繋げるというもの。描いた絵を1秒に12枚や8枚入れることで表現しているわけですが、単純にCGの動きを12コマや8コマに落としてしまうと、ものすごくガタガタに見えるんです。
――その違いはどうして生まれるんでしょうか?
秋本:単純にCGでコマを落としてしまうと、キーポイントというか、原画のポイントを抑えていない絵が出来てしまうことが多く、そのせいで絵がつながらずに飛んだように見えてしまってガタガタとした硬い印象になってしまうのだと思います。
なので、小西さんにCGアニメーションに対して作画で修正を入れてもらった際も、ただ修正を盲目的になぞるのではなく、描かれた線を一枚づつCGスタッフが描いてなぞり、「どの線がどのように繋がると気持ちよい動きになるのか、動きのコアな部分はどこなのか」といったことを研究、把握してからCG作業に入ってもらったりしてました。
巨大な鯨のように単体でアニメーションを付けるカットの他に作画ではどうしても描ききれない大量の魚が出てくるカットも基本CG担当となったのですが、魚群の動きに関してもガタガタしたり、硬さが出てしまったのでその都度担当スタッフに工夫を凝らしてもらいました。
魚はそもそも泳ぎ方を魚の種類によっておおまかに12種類に分けられるのですが、例えばイワシはその中でどの泳ぎ方に該当するのかというところから把握して、実際に水族館に行って観察したり、動画資料を見ながら動きを付けていきました。
ただ、どうも実際の魚の動きに則したアニメーションを一匹一匹に付けても魚群全体の動きとして見た時に、硬い印象がなかなか取れませんでした。
Lindsey, C.: Form, Function, and Locomotory Habits in Fish, Fish Physiology (Hoar, W.and Randall, D., eds.), Academic Press, New York, NY, United States, chapter 1, pp. 1-100(1978).
Daiki Satoi, Mikihiro Hagiwara, Akira Uemoto, Hisanao Nakadai, Junichi
Hoshino: Unified Motion Planner for Fishes with Various Swimming Styles, ACM Transactions on Graphics (Proceedings of SIGGRAPH 2016), Vol.35, No.4, 2016
http://www.entcomp.esys.tsukuba.ac.jp/en/project/unified-motion-planner/
――どうやって「硬さ」を無くしたんでしょうか?
秋本:小西さんに相談をしたところ、すごくシンプルな魚のシルエットと動きを書いてくれたのですが、その時小西さんから良く言われていたのが、「魚そのものや魚群全体の動きをエフェクトっぽく捉えてほしい」ということでした。
なかなかすぐには実感を持って理解出来なかったのですが、人間が視覚情報だけで捉えている「動き」と、感覚として捉えている「動き」は違うということを絵を通して教えてくれたのかなと思います。小西さんのスケッチを見てみると、魚がちょっと動いたときに身体が少し伸びたり、縮んだり、ねじれたりしているんです。しっぽの先も簡略化されていたりして。
――それをCGで表現するのはなかなか難しそうですが...
秋本:そこで、作画を参考に、インスタンサーとして使用する魚のアニメーションを一から見直しました。ねじれたり、ブヨブヨと伸びたり縮んだりする動きを少し大げさに付け、且つバリエーションを作って取り入れた結果、魚群がとても躍動的になりました。原作の持つ大きな魅力の一つである「生命の讃歌」に繋がる圧倒的な生き物の描写に、CGでどこまで肉迫出来るかということを常に考え、命が宿っているような映像を作ることを目指していました。
――逆に、CGのシーンだと聞いて驚いたのは琉花が坂を駆け下りてくるシーンです。作画かと思っていました。「カメラマップ」という手法を使われているんですね。
秋本:あのシーンは、日常的なシーンだからこそ、"ごまかし"が利かない。ものすごく難しかったですね。今回、美術監督を木村真二さんが務められているのですが、木村さんの描くハイパー美術をちゃんと見せたかったのでカメラマップを使っているんです。
秋本:カメラマップという手法自体は古くから使われていて、新海(誠)さんの作品でも使われているんですが、手間もかかるし、他カットで流用がきかないので、使うところが減ってきているんですよ。今回の表現は、ある種カメラマップの限界点に達したんじゃないかなと思っています(笑)。
――かなりの苦労を重ねて作られた作品ですが、それでも「CGでやること」にこだわった理由は?
秋本:作画だと当たり前のように出来ていることでも、CGでやろうとすると難しい。でもあえてCGで挑戦したのは、「表現として新しいもの」が作れると思ったからです。ほぼ意地というのもあります(笑)。
CGを使うメリットとしては、作画ではなかなか描くことが難しい、緻密さや情報量を出せたりするところが大きいと思うのですが、例えば鯨やジンベエザメのシーン等はノーマルマップを使用して、体の表面の微妙な凹凸や滴る水を表現したり、原作で描かれているペンのタッチがうごめいているような動画をテクスチャとしてCGモデルに貼り込んだりしました。
CGの緻密さと作画のアニメーションの面白さをハイブリッドに融合させること。それはSTUDIO4℃だからこそできた発想だと思います。作っている間は、ずっと興奮状態でした。
――ツールとしてMayaを使われていますが、どのような点が良いと感じましたか?
秋本:僕のキャリアでは、今までも、3DソフトはMayaしか使っていないんです。初心者にはハードルが高いツールだと言われていますが、開発するときに「かゆいところに手が届く」感覚がある。長く使えば使うほど、いろいろなことが可能になるソフトだと思っています。
作画とCGがお互いを高めあっていった
――まさに「ハイブリッドな融合」ですよね。作画のせめぎ合いとCGのせめぎ合いがあることで、いままでに見たことがない、オリジナリティのある映像が生まれたのではないでしょうか。
秋本:実際に作画チームとCGチームが殴り合ったわけではないですが(笑)、お互いに支え合っていた感はありますね。5年〜6年かけて作っていると、何が正しいのかわからなくなってくるというか、「もう出来ないんじゃないか」と心が折れかける瞬間があるんです。でもそういう時に、作画チームが凄い表現を見せつけてくる。「負けてられない!」と刺激を受けてモチベーションが上がりました。
――逆に作画さんの方でも「負けてられない!」と思っていたのかもしれないですね。
秋本:そう思ってくれてたらありがたいですね(笑)。タンクローリーが雨の中を走るシーンで周りの雨と一緒に海の生物の幽霊のようなものが流れてくるカットがあるのですが、
このカットは色々な作画さんから「え?これCGなんですか?」と驚かれたと聞きました。
琉花が雨の中を自転車で走るシーンで出てくるイワシの形をした雨は作画なんですが、そもそもCGにしようか作画にしようかでちょっと迷っていたんです。最終的に、作画チームの粘り強い画作りによって、凄まじいクオリティの作画が出来上がりました。
音と映像の相乗効果
――映像のお話をお伺いしてきましたが、本作品においては「音」も重要な要素ですね。効果音や音楽、エンディングの米津玄師さんによる主題歌『海の幽霊』など、音との相乗効果を感じました。
秋本:今回、音響監督として笠松広司さんが参加してくださり、効果音を付けてくださいました。笠松さんは波の音や風の音など、「まるでその場にいるような」サウンドに、それはそれは徹底的にこだわられていて。やはり『海獣の子供』を貫くテーマとして、そもそも「世界をありのままに見せる」ということがあったんです。原作自体が、音はもちろん、風・光など目に映るものを漫画でありながら五感に訴えかけるようなものだったので。そこは音楽担当の久石譲さんもおそらく一緒だったと思います。久石さんも、すごく精力的に音楽を作っておられました。先程「一人一人のカットを積み上げた」映画だと言いましたが、そこに加えられた音響や音楽によって、映画がバラバラになってしまわないように補強していただいたと思っています。
――米津玄師さんによる主題歌『海の幽霊』のミュージックビデオがYouTubeで公開されて、すごい反響ですね。劇場版の映像を編集されて作られていますが、歌詞と映像がピッタリとハマって、何度でも見ていられる作品だと思いました。
秋本:米津さんのMVでは、アンビエントな雰囲気なシーン、背景がきれいなシーンなど、要素ごとに全てのシーンを切り分けて、リストを作ったんです。そして曲を聴きながら、歌詞の世界にマッチするような映像を作りました。楽曲がすごく内容に寄り添ったものなので、映像でもその世界観を守ろうと。実は、サムネイルをプリントアウトして紙の上で貼りながら試行錯誤するというかなりアナログな方法で作りました(笑)。
――それでは最後に、秋本監督が「ここを見てほしい!」というシーンをお教えください。
秋本:スペクタクルな映像はもちろんですが、ひまわりや海のきらめき、強い夏の日差しなど、「日常に潜んでいる美しさ」の表現を心がけました。「この映画を見る人に、この世界を違った視点で見てほしい」という願いを込めています。
『海獣の子供』は現在劇場公開中。米津玄師氏による主題歌『海の幽霊』はYouTubeにて公開されている。
STUDIO4℃制作の『ベルセルク 黄金時代篇』3部作(12~13)にCGIスタッフとして参加し、半人半獣の戦士ゾッドや馬のCGを多がける。第3部『降臨』では「蝕」のシーンを担当し、絵コンテにも名を連ねている。その他、『渇き。』(14)アニメーションパートのCGI監督や『ハーモニー』(15)3DCGモデリングチーフなどを務める。
『海獣の子供』
原作:五十嵐大介「海獣の子供」(小学館 IKKICOMIX刊)
キャスト:芦田愛菜 石橋陽彩 浦上晟周 森崎ウィン
稲垣吾郎 蒼井 優 渡辺 徹/田中泯 富司純子
監督/渡辺 歩 音楽/久石 譲 キャラクターデザイン・総作画監督・演出/小西賢一 美術監督/木村真二 CGI 監督/秋本賢一郎 色彩設計/伊東美由樹 音響監督/笠松広司 プロデューサー/田中栄子
アニメーション制作:STUDIO4℃
製作:「海獣の子供」製作委員会
配給:東宝映像事業部
公式サイト:www.kaijunokodomo.com
公式twitter:@kaiju_no_kodomo
コピーライト:(c)2019 五十嵐大介・小学館/「海獣の子供」製作委員会
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