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第50回:アンセル・アダムスのゾーンシステムを応用する「デジタル版ゾーンシステム1」

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こんにちは、パーチの長尾です。
今年も、本コラムをよろしくお願いします。

私の仕事は、制作と教育、広告販促に関する戦略立案です。
このコラムでは、仕事で得た経験やノウハウ、それらを元に創り出した理論を紹介しています。

【暗黙知】という言葉が10年ほど前にビジネスマンの間で流行しました。マニュアルや理論になっていないノウハウ・感覚的なこと・規範などを示す言葉で、これを意識し重視することが仕事の質を高めたりスムーズにしたりするんだと言われ、世界中で使われました。

一方で、会社や個人で創り出したノウハウや知識を論理的に、広く伝えられれば、会社や業界の利益につながります。
とは言え、「見て学べ」で伝承してきたノウハウや、人が無意識にしている行動や感情想起は理論化するのが非常に難しいものでもあります。

しかし、これらを理論化できたら大きな変化をもたらすことができます。人がもっと先へ進むために、人は常に理論を作り出し続けてきたように思います。

クリエイターのノウハウと知識を後世に伝えることを、撮影分野で行った偉大な先人がいます。
【アンセル・アダムス】です。
彼は1902年生まれの写真家で、作品自体も高く評価されていますが、写真に関する技法書も出版し、後世にも多大な影響を与えました。
偉大な写真家であると同時に、偉大な教育者であり、アメリカの環境保護政策を推進した人物です。アメリカのヨセミテ国立公園を撮影した写真は特に有名で、日本でも目にすることができます。
東京都写真美術館(http://www.syabi.com/)では、長年エントランス付近の壁の一角が、彼の写真になっていました。

彼は頭に描いた映像を厳格な制作工程で再現するクリエイターで、写真を撮影 → 現像 → プリントの3工程にわけ、それぞれでできる最善の方法を編み出しました。
さらに、この感覚的な作業を理論化し、教科書や授業等で広く伝えました。私たちカメラマンが習う【露出】に関する理論は、彼の教えがベースになっています。
この教科書は「アンセル・アダムスの写真術」として日本語訳されています。その中に【ゾーンシステム】と呼ばれる【露出】に関する理論が紹介されています。これは、画像の明るさや再現範囲をコントロールする理論です。

彼は1984年に亡くなりましたが、デジタル写真合成を行いたかったそうです。その時にはきっとデジタルツールでも、ゾーンシステムを使っていたと思います。

私は、フィルム撮影から、デジタルツールを利用するようになった時、作業の時にはいつもゾーンシステムを意識しながら、作業をしていました。
撮影データの明るさを調整するには?
スキャンデータをカメラの露出と同じように調整したらどうなるか?
印刷の表現力を最高に引き出すデータにするには?
などと考えては、改善を繰り返しました。

そして、デジタルカメラの撮影、RAW現像、Photoshopでの色調整など、デジタルツールごとにゾーンシステムの考え方を応用して【デジタル版ゾーンシステム】を作り、仕事で使用してきました。

この方法を用いれば、デジタルツールを完璧にコントロールして、頭に思い描いた映像を、思い描いたままの色と明るさにできるようになります。
これができれば、作業のたびに感覚で調整して、デジタルツールに振り回され、映像制作に集中できない……なんてことがなくなって、映像クリエイターとしての武器を1つ手に入れることができるようになります!

そこで、今回から数回に亘って【デジタル版ゾーンシステム】の考え方、利用法を紹介していこうと思います。


アンセル・アダムスのゾーンシステムとは1「メディアの特性を知る」

デジタル版を学ぶ前に、まずはオリジナルのゾーンシステムについて理解すると、より速く深く理解することができます。
ゾーンシステムはフィルム撮影時代の技術のために、当時の技術や用語ではわかりづらく、デジタル版を学ぶ時に想像しづらいので、デジタルツールに置き換えた場合の説明も追加していこうと思います。

ゾーンシステムは、撮影 → 現像 → プリントの各工程ごとで扱われるメディアやツールの特性を完全に把握することが土台になっています。

撮影では、目の前の風景から「光」が「レンズ」を通過し「フィルム」に到達します。光が当たった箇所が黒くなり、当たらない箇所は変化がありません。
光の量が増えるに従ってフィルムの反応が強くなり、一定の量まで来るとそれ以上は反応が無くなります。この時点が「100%」となり、それ以上はどんなに光が増えても100%を超えることはありません。
一方で、光が当たらない箇所は「0%」です。



図1 フィルムの反応
撮影時にフィルムの反応を超える光が入った箇所は、全て100%になる。
ただし、さらに大きな量の光が入ってきた場合は、逆に暗くなるという反転現象が起こる。

この100〜0%の間でフィルムは光(映像)を記録することができます。これをフィルムの「ラチチュード」と呼びます。
このラチチュード(光の記録範囲)は、フィルムによって若干異なります。

『デジタルツールへ置き換えた場合』
デジタルカメラでは、フィルムはCCDに置き換わります。CCDも同じように記録範囲があり、カメラによっては「○○stop」といった表記でその範囲を示しています。

撮影では、目の前の風景をフィルムに記録しますが、人の目に見える範囲よりフィルムのラチチュードのほうが狭いという問題があります。つまり撮影すると図2のように、ハイライト部分が飛んで(白飛び)、シャドー部分が潰れます(黒潰れ)。



図2 表現に合わせた露出
フィルムのラチチュードを超える被写体の場合は、全てを表現することができない。
カメラマンは表現目的に合わせて、明るさの一部分を切り取る露出を決定する。

このため、カメラマンは撮影時に、「光の範囲」を決定する【露出】という作業を行います。この作業により、見せたい部分を表現コンセプトに沿って選択することができます。
具体的な作業は、絞り/シャッタースピード/フィルムの感度、の3つの変更できる要素を組み合わせて、露出を決定します。

『デジタルツールへ置き換えた場合』
デジタルカメラでも全く同じ作業を行います。フィルムと異なる点は、CCDの感度をボタンで調整できることです。以前は撮影前に感度の異なるフィルムを入れ替える作業が必要でした。

現像は薬品を使って、フィルムに記録された反応を拡大したり、光に当たっても変化しないように定着させる作業です。
薬品の種類や処理時間を変えることで、ラチチュードを変化させたり、コントラストを変化させることも可能です。

『デジタルツールへ置き換えた場合』
RAWデータで撮影した場合(ソフトによってはJPEG等でも利用可能)は、現像ソフトを使用して、露出やコントラストを変更することができます。
また、Photoshopの色補正ツールも同様の効果を実現します。



図3 Adobe Camera RAW
RAW形式のファイルを現像するソフトウェア。Adobe Photoshop等でRAWファイルを開くなどの操作で開くことができる。色温度、露出、彩度、シャープネスなど、高度で画質劣化の少ない色補正が可能。

プリントは、現像したフィルムを「引き伸ばし機」という一種のカメラを使って、小さなフィルムサイズから、大きなプリントへと拡大する作業です。フィルムの後ろから光を当ててスクリーンに投影する、フィルムプロジェクターを見たことがありますか? そのスクリーン部分を光に反応する「印画紙」と呼ばれる物に変えて、撮影と同じようなことを行います。
フィルムの黒い部分は光が遮られ、白い部分は光を透過するので、印画紙が光に反応するという仕組みです。
この作業後に現像処理を行い、光に当たっても大丈夫な状態にします。
印画紙によってラチチュードは異なり、現像時にラチチュードとコントラストを調整できます。

『デジタルツールへ置き換えた場合』
撮影/現像と同じようにソフトでの色調整を行います。
そのデータを目に見えるようにするメディア(作業モニタ、プリンタ、プロジェクターなど)によって色再現性が異なるので、それぞれに最適化したデータに変更するにはカラーマネジメントを用います。
「カラーマネジメント」について詳しく知りたい方は、こちらを参照してください。
http://cgworld.jp/regular/cg-cms/cms001.html

このようにメディアの特性を把握することで、メディアに最適化した映像表現が可能になります。

次回も、プロカメラマンが「露出」を行うための基礎理論【ゾーンシステム】を、デジタルツールで利用できるようにした【デジタル版ゾーンシステム】について解説していきます。

フィルム時代は、全てのプロカメラマンが持っていたこの技術を、デジタルクリエイター に引き継ぐコラムです。

デジタルカメラマンはもちろん、3DCGソフト、映像編集ソフトを扱うクリエイター全て に必須の知識が広まり、より良い作品作りにつながることを祈って、書き進めていこうと 思います。
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