『すずめの戸締まり』はいかにして作られたか?作画とCGの融合によって生まれる新しい表現
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15年前というコミックス・ウェーブ・フィルム(以下CWF)の黎明期から在籍し、『秒速5センチメートル』(2007年)、『君の名は。』(2016年)などCWFのCGを担ってきた竹内良貴氏。最新作『すずめの戸締まり』では作画とCGの融合により、これまでに誰も見たことのない世界が広がっていた。社内はもとより協力会社との協業により、この表現を生み出したその裏には、CWFならではの様々な工夫や丁寧なものづくりへの精神があった。今回は、『すずめの戸締まり』でCG監督を務めた竹内良貴氏にお話を聞いた。
どうやって作画とCGの融合を成し遂げたのか
「もともと僕がCWFに関わった初期の頃は背景美術を担当していて、『秒速5センチメートル』からCGを手掛けるようになりました。『言の葉の庭』(2013年)ではCGをメインに担当しています。『君の名は。』の頃のCGは数人でやっていましたが、現在は80人ほどが関わる規模になっています。CWFでCGを担当するスタッフは僕を入れて5人前後ほどいる体制です。」
これまでのCWFではメインキャラクターは作画だったが、今回の椅子やミミズは3DCGで表現されている。
「新海(誠)さんの作品はどんどん規模が大きくなっていて、特に今回は椅子やミミズなどウェイトの大きいCGがあったので、社外のスタッフとも力をあわせて乗り切りました。」
「主にCG背景やモブ、車などの部分は僕たちとLDH DIGITALさん、スピードさんら協力会社と一緒に制作しました。CGによるキャラクターアニメーションが求められた椅子とミミズは、UNENDさんとStudio KADANさんが手掛けています。メインキャラの椅子を3Dで動かすという難しい内容だったため、そこは経験のある会社に任せようという新海監督の意向があってお願いしました。椅子とミミズのCGに関しては監督が直接見ています。」
竹内氏は椅子やミミズ以外のCGレイアウト作業や背景制作を協力会社とともに担当。完成作品では、作画とCGのつなぎ目が全くわからないような見事な融合を見せることになった。
「作画とCGの融合において、まず大事なのは色味ですね。色味でいうと、最終的に新海さんが全てコントロールして繊細な調整が行われています。CGの素材出しでは手描きに寄せた表現を目指ました。アンビエントオクルージョンなどのいわゆるCG的なレンダリングは行わず、『本当にこういう絵を出したいからこう作る』という意識でやっています。だから、作画とCGの色味のマッチングがうまくいっているのかもしれません。」
作画とCGの融合にはかなりの気を使ったという。
「アニメの場合、通常はキャラクターを作って、背景を作り、最終的にそれらを撮影と呼ばれる作業で合成します。その作業で監督の指示をもとに色味や特殊効果を調整して、最終的な絵が完成するという流れになっています。僕たちCG部としては、その調整をするにあたって撮影の作業者が作業しやすい形で素材を提出したり、できるだけリファレンスの要素を作ることなどを意識して制作していますね。」
色味を馴染ませるのにあたり、どのような点に注意したのだろうか?
「絵の細かい部分がコントロールできるように、多少レイヤーを多めに出すなどの工夫をしています。CG背景の場合は道と家屋など細かい要素に分けて素材を出力しています。例えば、『電柱のコントラストだけを変えたい』といったオーダーがよくあるんです。そのためカットごとに『ここを分けておいたら調整しやすいだろうな』ということを考えて素材を分けていますね。」
作画とCGのパート分担は、新海監督とスタッフが話し合って決めるという。
「新海監督のコンテを基に作画打ち合わせが行われて、アニメーターがカットの内容を設計します。このキャラはどこに立っているとか、背景がどう入るとか、あとは絵の要素がどう動くか、というような設計です。その時に『ここはこう動かしたいから3Dの方がいいね』という判断が入ります。作画打ち合わせには僕も参加しているので、その場で『これは3Dでやったらいいんじゃないですか』と提案もする場合もあれば、逆に『これはコスト的に難しいです』と意見することもあります。作画とCGがお互いにコミュニケーションを取りながら判断していきます。」
CGで制作する、という判断をする基準は何だろうか?
「新海監督のコンテを見ると、ここはCGでないと無理だな、と思うカットがあります。例えば、俯瞰でカメラが動いているカットで奥の背景に複雑な絵が映っているような状況は3Dを用いる必要があります。」
3ds Maxで気に入っているのは作りながら考えられるところ
今回CGのシーンで竹内監督が使用した3DCGアニメーションツールの3ds Maxだ。
「Maxで気に入っているのは、作りながら考えられるところです。Maxはモディファイヤによるプロシージャル処理を挟むことで様々な特殊効果の制御を行えます。理論的に考えてアプローチする時と力技で対応する時の両方で、力を発揮しますね。
また、フィジカルカメラのレンズシフト機能はよく使っています。カメラ自体を回転せずに、垂直・垂直方向にビューを補正できるのでパースの調整を思い通りに行えます。」
カメラのパース機能について
「カメラのパースって、他のソフトだと意外に調整が難しいように感じます。制作を行っていると絵の構図を変えずにレンズ感だけ変えたいときが結構あるんですが、カメラ操作でやろうと思うと、普通はカメラの位置を引きながら画角を変えていくような調整が必要なんです。でも3ds Maxのカメラのパースだと、人の立ち位置や見え方の配置をそのままにした状態で奥行きの圧縮感などが簡単に変えられるんです。アニメの場合はやはり構図がまず大事ですから、それをベースにレンズ感を調整できるのですごく効率的です。」
CGレイアウト先行で構図を決める
「椅子やミミズがCGになったことで、キャラクターの作画や美術背景との整合性を綿密に取る必要がありました。作画で絵の構図を作った後に、キャラクターCGを乗せる方法もあります。しかし、そうすると作画が出来るまでCGは何も作業ができないという状況が発生してしまいます。」
それを解決するのがCGレイアウトを最初から取り入れるという方針だった。
「CGレイアウトで最初に構図やカメラアニメーションを確定させることを行っていました。あとは同時並行で、CGは椅子やミミズのラフ作業を始めて、作画は紙の上でCGレイアウトを基に細かく設計を詰めていくという流れです。そして、途中段階での新海監督のチェックを経て、完成に向けてクオリティを上げていきました。」
迫力あるアクションシーンにおけるCGの役割
CGと作画の融合で特に苦労したというのが、御茶ノ水での猫と椅子が車道で追いかけっこをするシーンだった。
「御茶ノ水のシーンは、実際の場所の写真を参考にモデルを作っています。主にカメラマップという技術で美術班が描いた画をCG空間で投影しています。CGでビルの大まかな形状をモデリングして、そこに細かく窓が描き込まれた美術画をプロジェクションマッピングのように投影しています。必要に応じて細かく3Dモデリングを行うケースもありますが、作画を投影することで手描き表現の良さを活かしつつ、CGならではのダイナミックな演出を実現しています。」
縦横無尽なカメラワークで猫を追うので、CGでの作業は必須だったという。
「このシーンは色々と作業が分岐していて、それぞれ並行して作業が行われました。追いかけっこのシーンのラフを作って椅子のチームに渡して、カメラワークや椅子の動きを付けてもらっています。そして、出来た素材が戻ってきてから背景部分を作り込んでいます。猫のダイジンだけは作画で描かれています。Maxを使ったボックスアニメーションで、ダイジンが『大体この辺を走っている』というガイドを基に作画を乗せてもらっています。これだけ複雑なシーンですが、CGっぽくならないようにかなり気をつけました。最終的には出来上がった素材を撮影さんが馴染ませてくれて、フレアなどの効果を入れて仕上げられました。」
特に御茶ノ水での追いかけっこでのシーンでは、躍動感を出すことにこだわっている。
「カメラが地面に近いところにあるので、それを2Dの絵に近い見せ方でこの尺を持たせるためには、カメラマップをどう貼ろうかと悩みました。第一に考えたのは、やっぱり新海監督のコンテの躍動感ですね。基本的にはそれを再現する方向で作っています。コンテでは、すごく猫の体が動いているんですよ。でも実際に作ってみないと本当にコンテの絵が作れるか分からないので、そこは作りながらできる範囲で調整をしています」
迫力のあるアクションシーンを制作することで特に心がけたことは?
「ひたすら実直にやりました。アニメというよりも、実写のCGを作っているような意識で。だから、2Dで描きやすいようにカメラのワークを構成するなどはあまり意識しないようにしました。本来であれば、カメラをロールしたりしない方が、作画は作りやすいわけですからね。」
廃墟のホテルの臨場感を3Dで表現
他にもカメラワークが印象的に使われているのが、冒頭のホテルの廃墟のシーンだ。followやまわり込みのカメラワークのあるカットで、3DCG技術が活用されている。
「冒頭に出てくる建物もすべて3Dモデルを作っています。瓦礫や奥にあるドームなど全部3Dモデルがあって、カメラは真ん中のドアを中心に回り込んでいます。疑似的に2Dの素材だけで作っても似たような絵にはなりますが、3Dで作ると臨場感がやっぱり違うんです。新海さんは『リッチな絵』とよく言われるんですが、丁寧な絵にすることで密度感が変わって説得力が出るんです。」
意外な例でいうと、ドアもCGで作られている。
「扉の中にカメラが入るカットでは、ドアもCGで作っています。常世の空間は別素材として作られているので、ドアの形状で一回マスクをして切り抜いて、常夜の空間と繋げたりしています。」
躍動感のある観覧車のシーン
大きなアクションが行われる廃遊園地のシーンも3ds Maxが活用されている。
「今回は美術班がロケに行って、候補になりそうな場所の写真を撮影しました。それらの写真を参考にしつつ、美術設定で地理的なデザインをまず起こし、それをベースにして遊園地の遊具などのアセットを作りこんでいきます。実際3Dデータに起こしてみると、スケール感がずれていることが判明することもあります。建物の中など人工物が多く頻繁に登場する場所は3Dモデルを作っています。」
3ds Max で作り込まれた観覧車のシーン。
「観覧車は丸々3DCGでモデリングを行いました。しかし、遊園地の廃れ具合を理想的に表現するためにも、カメラマップで美術素材をCG空間で投影しています。」
打ち合わせの録画まで?!制作管理に活用されたShotGrid
CWFでは『君の名は。』の後にShotGridが導入され、今作でも様々な管理に使われている。
「アニメ制作では、様々な素材やスケジュール、進行状況の把握が必要なります。スプレッドシートを用いた管理では『あのカットの絵はどうだっけ』と、パッとプレビュー確認するのは困難です。そこで、素材とひも付いた状態で進行管理ができれば楽かなというのがShotGridを導入した動機の一つです。」
制作ではどのように活用されたのだろうか?
「今回は、制作部に全てのチェック物をShotGridにアップしてもらいました。やっぱりShotGrid自体がデータベースみたいなものなので、情報を蓄積していくと全体の状況を把握しやすくなるというのが一番大きかったです。特にバージョンを遡る機能が便利でした。今回はCG監督として色々な素材を見てチェックするという仕事が多くて、チェック物が来た時に『前のバージョンはどうだった?』と思って、比較する際に全ての素材が揃っているのがありがたかったです。前のバージョンとの差分の比較が素早くできるとチェック作業のストレスがかなり減ります。」
作画とCGを合わせること、また他会社との協業など素材が膨大になるため、全ての素材が一箇所にあり、ひと目で進行がわかるのも手助けになったという。
「他の素材が今どこまで進行しているのかわかるのが良かったですね。ある部分がまだ絵コンテの段階だったり、CG作業に入っていたり、ひと目で『これはここまで進んでいるんだな』と分かりますから。フォルダにデータを保存しているだけの管理ですと、いちいちフォルダを開くのも手間だったり、バージョンが変わったら違う日付のフォルダができてしまい、どれを見ていいのかわからないという問題が発生しがちです。」
また、素材の登録補助ツールをスマイルテクノロジーユナイテッド社(STU)に外注したのも役立ったという。
「システム管理班の主導で、素材をアップロードすると、データコピーと一緒にShotGridに登録されてSlackに通知が飛ぶという連携の開発をSTUさんに依頼しました。『天気の子』の頃から素材管理をシステムで効率化できないか?という課題を持っていて、これまで手作業でやっていた素材の提出管理の部分をできるだけ自動化しています。制作部が納品物を納品フォルダに入れて連絡をする、という作業を自動化して、その作業記録をShotGridに自動で書き込めるようになっています。」
CWFならではでの制作体制でも、ShotGridが役立つ場面があった。
「ShotGridでは、CG制作で必要となる様々な工程やタスクの管理を行っています。例えば、『CGレイアウト準備』というタスクでは、3Dレイアウト作成のステータスを管理しています。作画打ち合わせには新海監督や担当のアニメーターさんたちも同席して意見交換を行うことで3Dレイアウトのフィックスを行いました。最終的に、3Dレイアウトを紙に印刷してアニメーターさんに渡す作業もあるのですが、それは「CG素材出し」というタスクになっています。ShotGridのおかげで、あらゆるタスクの状況を把握するのも容易で工程間の受け渡しやコミュニケーションもスムーズに行えました。」
CGカットのチェックバックでもShotGridが活用されている。
「素材をチェックする際に、ShotGridはアップロードした動画のフレームに直接指示を書き込めるんです。それまでに発生していた、いちいちスクリーンショットを撮ってそこに指示を書き込むなどの手間も減り、チェックバックの作業も格段に楽になりました。」
ユニークな使い方として、会議の様子を録画した動画も全てShotGridに登録しているという。
「アニメ制作では、紙に印刷された絵コンテに指示が細かく書かれているケースが多いかもしれません。しかし、新海監督の場合はコンテのムービーが指示書のような形になっているんです。そして、ムービーに明示されていない繊細なニュアンスが、打ち合わせの時にポロっと出た発言だったりすることもある。このため、テキストデータとして議事録を残すのではなく、会議の様子を録画した動画をShotGridにアップロードしていきました。全ての作画打ち合わせを後から振り返ることができたので、作業を開始する際に、監督の意図や要望を動画からあらためて的確に汲み取ることができました。」
3DCGは間口が広いことが魅力
竹内さんが日々街を歩くなかで、意識していることがあるという。
「CGを作業する上で普段から気をつけていることがあって、街を歩いていて、ここが変わったなという点を細かく見たりしますね。CGを作るときはディテールが大事なので、建物などのスケール感などを自分の感覚として持っていた方がリアルになるんです。頭の中で考える絵だけだと、実物より大きく作ってしまったり、逆に小さく作ってしまったりするんです。よくある例が信号機ですね。信号機って実はすごく大きくて、CGでも空間の中に信号を入れる時に、頭の中の印象だけで作ると実物よりも小さく作ってしまったりする。CGは特にリアリティがないと嘘っぽくなってしまうので、その点は気をつけていますね。」
最後に、竹内さんに3DCGの魅力とCWFのこれからを聞いた。
「3DCGは間口が広いのが魅力だと思います。絵が描けない人でもできる部分がいろいろありますから。アニメーターを目指すと10年ぐらいかからないと一人前になれない、なんて言われることがありますが、CGはクリエーターの入り口としては間口が広くて、いろんな人が始めやすいところが良いと思いますね。CWFは、すごく丁寧に作品を作る会社なので、スタジオも次の新海監督の作品に向けていろいろ力をつけて、また違った映像を見せる事ができるんじゃないかなと思っています。」
作品名:『すずめの戸締まり』
原作・脚本・監督:新海誠
キャラクターデザイン:田中将賀
作画監督:土屋堅一
美術監督:丹治匠
製作:「すずめの戸締まり」製作委員会
制作プロデュース:STORY inc.
制作:コミックス・ウェーブ・フィルム
配給:東宝
公開日:2022年秋 全国東宝系公開
©2022「すずめの戸締まり」製作委員会
*上記価格は年間契約の場合の1ヶ月あたりのオートデスク希望小売価格(税込)です。
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