トレンド&テクノロジー / 3DCGの未来~CGアニメとメディアリレーション~
第10回:増尾 隆幸

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増尾 隆幸 氏

日本におけるフルCGアニメーション制作への理解と振興を目指す本連載ではCGアニメと関係するさまざまなキーパーソンにお話をうかがっていく。今回は日本を代表するCG・VFXスタジオ「ルーデンス」の創設者の増尾隆幸氏に話を伺った。フリーのイラストレーターだった増尾氏がルーデンスを立ち上げた理由と、スタジオとしての哲学とは。ルーデンスが見た90年代のCGシーンの証言から、2020年代のCGと作画アニメーション制作の指針まで業界の歴史を縦断する話を聞いた。

【聞き手:野口光一(東映アニメーション)】
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高性能ワークステーションの進化が著しい1990年代

東映アニメーション/野口光一(以下、野口):これまでこの媒体ではJCGL(※1)、トーヨーリンクス(※2)など、日本のCG黎明期に設立されたプロダクションの創設のお話を伺ってまいりました。これらには大学や企業が人材面や資金面のバックアップがありましたが、個人でCG専業のプロダクションを起業したのは増尾さんのルーデンスがおそらく最初だと思います。どのような背景でプロダクションを設立したのか、まずは設立の経緯を教えていただけますか?

(※1)JCGL
1981年9月19日設立。日本で最初の商業CGスタジオ。詳細は福本氏の記事を参照。1988年3月解散。

(※2)トーヨーリンクス
1982年6月1日設立。詳細は福本氏の記事を参照。2010年IMAGICAと事業統合。

増尾隆幸(以下、増尾):私自身、最初かどうかは分からないのですが、あの頃はフリーランスのイラストレーターでCGの可能性に魅せられて色々とCGの機材を導入していたのですが、そこで法人格が必要になったというのがきっかけで設立しました。要はCGシステムを導入するための借金に法人格が必要だったという話なんです(笑)。私が欲しかったのは、SGIのGWS Personal IRIS(※3)でこれが1000万円。CGソフトのPRISMS(※4)が600万円、それと撮影用のBETACAM(※5)とコマ撮りのシステムを揃えると全部で約3000万円。さすがに個人事業者に銀行はそんな大金は貸してくれませんからね。それで仕方なしに会社を作ったというわけです。1990年3月のことでした。

野口:意外すぎる真相です(笑)。ルーデンスという社名はどういう意味なんですか?

増尾:当時、サピエンス社が出した「Super Tableau」という、フラクタル筆という絵画タッチの表現ができる画期的なペイントソフトがありまして、その開発者である安斎利洋さんに相談しに行ったところ「ウチがサピエンスだから、ルーデンスでどうか?」と。つまり、ホモサピエンス(=人類。ラテン語で「考える人、知恵ある人」の意)に対するホモルーデンス(※6)という意味で名付けてくれました。

(※3)Personal IRIS
シリコングラフィックス社が1987年に発売したワークステーション。IRIS 4D/60から拡張性を削り、小型化したもの。当時の価格は6万4900ドル。

(※4)PRISMS
カナダ・オムニバスが開発した3DCGソフトウェア。現在のHoudini。SIGGRAPH'96で改称し、現在に至る。現在のHoudiniを開発販売しているSide FX社はカナダオムニバスの開発チームが独立して創業した。

(※5)BETACAM
1980年代初頭にソニーが開発したカセット式ビデオカメラ。「ベーカム」と呼ばれ業務用として事実上、世界標準機器となる。

(※6)ホモルーデンス
「遊ぶ人」の意。オランダの歴史家ホイジンガ1938年の著作。人間活動の本質は遊びにあると規定した言葉。

増尾 隆幸 氏

野口:立ち上げのメンバーはどんな方でしたか?

増尾:私と妻と澤田元春(愛称カツオくん)という若者と稲野義信さん(※7)の4名です。彼は非常に優秀な作画アニメーターだったのですが、早くからCGに興味を持っていてSapience Netというパソコン通信で知り合って二人代表取締役体制で設立しました。稲野さんは方向性の違いから別れることになり、後にスクウェアUSAホノルルスタジオに行かれましたが。
会社設立前はCGの情報を手に入れようとしたらパソコン通信ぐらいしかありませんでした。それも2400bpsというレベルの速度で、そこで当時からCGを作っていたいろいろな人と出会って、その頃、絵描きが CGをやることは珍しかったのか、その目線でCGを語ることが面白がられたようで『PIXEL』(※8)とか『日経CG』といった雑誌に記事を書かせてもらったりもしていました。

(※7)稲野義信
1970年代から活躍するアニメーター。代表作に『王立宇宙軍 オネアミスの翼』、『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』(作画監督)、『銀河鉄道999』、『伝説巨神イデオン』、『聖戦士ダンバイン』など。1990年代中盤からCGアニメーターに転向し、『Final Fantasy:The Spirits Within』、『SDガンダムフォース』(CGディレクター)、『ソードアート・オンライン アリシゼーション』(CGワークス)、『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』など。現在はA-1Pictures所属。

(※8)PIXEL
1983年1月に創刊した日本最初のCG研究専門の月刊誌(図形処理情報センター刊)。『図形と画像』から改題した。なお『日経CG』は1986年創刊。

野口:増尾さんがCGに興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?

増尾:私は京都市立芸術大学の在学中から漫研の友人と共に『月刊OUT』という雑誌にマンガを描いたり、朝日ソノラマなどでイラスト描いていたんです。卒業後上京してフリーイラストレーターとして小学館、講談社、朝日ソノラマ「宇宙船」やバンダイの模型情報誌などでイラストの仕事をしたり特撮番組のモンスターデザインを手がけていました。そんななかで、マガジンハウスのライターさんと知り合い、『BRUTUS』や『POPEYE』でも描くようになり、当時世の中に出てきたばかりのパソコンの内部図解を描いたんですが、それがきっかけで1982年にボストンで開催されたSIGGRAPHに取材に行くことになりました。この年は映画『トロン』や『スター・トレックII カーンの逆襲』(※9)が登場したり、日本ではトーヨーリンクスが設立されたりと「これからはコンピュータグラフィックスの時代だよね」みたいにCG界隈が最初の盛り上がりを見せた頃で、NECから16ビットパソコン「PC-9801」が発売され、「これだ!」と思って手に入れたのが最初です。雑誌に載っているレイトレーシングのベーシックのプログラムを打ち込むと碁盤の目と反射や屈折する球が出てくる。デジタル8色でしたが、それだけで「すごい!」と思っていた時代です。確か本体に漢字ROMを付けてモニターとドットインパクトプリンター、フロッピーディスクドライブを付けて150万円だったかな。ローンを組んで買いました。もっとも初めのうちは全く仕事には結びつきませんでしたが(笑)

(※9)スター・トレックII カーンの逆襲
1982年の映画。作中の「ジェネシス計画の概念映像」シーンは後にピクサーを創設するエド・キャットマルとアルヴィ・レイ・スミスが手掛け、フルCGで描かれた。67秒間のレンダリングに半年かかったという。

野口:ハードウェアもソフトウェアも、そしてCGを取り巻く情報メディアも何もかも発展途上の時代でしたね。

増尾:そうなんです。そのあと、先程のサピエンス社がPC98用に1670万色のフルカラーフレームバッファ「SuperFrame」を出して「Super Tableau」で描いたり、ちょっとプログラムで描画したりとかを始めていたりしました。そうしているうちにマシンがどんどん進化して自分もやりたい気持ちが高まって、Personal LINKSが発売されて、これでまた150万円のローンを組みました(笑)。その頃にSapience NetでJCGLの創設メンバーの今間俊博さん(※10)と知り合って、彼がNKK(※11)のCG 部門を立ち上げる中で、カナダ・オムニバスが作っていたPRISMSをオムニバス・ジャパンが販売する際に、NKKがサポートをすることになり、私に声をかけてくれたんです。ちょっと記憶が定かではないのですが、ルーデンス設立の少し前の話です。

(※10)今間俊博
東京都立大学教授(2010~)。日本初のCGプロダクション「JCGL」の立ち上げに参画し、多くのCG作品の制作に携わる。その後、デザイナーズCADの開発に従事。その後、イマジカ入社。インターネット事業NOMADの立ち上げに参画する。コンピュータの技術畑出身でありながら、早くからコンピュータ・アート分野への融合に取り組んだ。著作に『CG入門セミナー』『CG基礎セミナー』など。

(※11)NKK(日本鋼管株式会社)エレクトロニクス本部。後に(株)NKエクサ(現(株)エクサ)と統合。

増尾 隆幸 氏

野口:ルーデンスを立ち上げた頃はどんなマシンを使っていたんですか?

増尾:会社設立前から使っていた PC98(Personal LINKS)と、Macintosh IIです。Macについては何よりもディスク容量がないとダメだと思って150MB(!)の5インチハードディスクを入れました。それだけで50万円したので、Mac IIのシステムで150万円。だから僕は個人時代に合計で3回、150万円ローンを組んでいるんです(笑)。そんななかで、会社を作って Personal IRISを買ったという、当初の話になるわけです。

野口:しかし3000万円も投資できたということは何か目算があったのでしょうか?

増尾:何よりイラストレーターとしてそこそこ稼いでいましたし、NKKとの間でサポートの手伝いをする契約があってデモンストレーションやユーザーサポートもしていたのでそれなりに定期的な収入がありました。あとは、オムニバスジャパンさんが手がけられていた富士急ハイランドの「ディープシーアドベンチャー」というライドシミュレーターのお手伝いをしたり、更には少しでも売上げが欲しくてシリコングラフィックス(SGI)の周辺機器の輸入販売などにも手を出しました。

野口:その頃はPRISMSを使える人間がまだまだ多くなかったのでは?

増尾:そうですね。だから私自身も使えるようになるために、カナダのSide Effectsまで研修に行ったり、倒産したカナダオムニバスからオムニバス・ジャパンに移ってきたスタッフに教わったりしていました。

野口:他のCGソフトはGUIだから直感的に触って使えますが、PRISMSはプロシージャル系だから数学に強くないとできないような先入観がありました。

増尾:今のHoudiniのほうがWrangleやPythonを直接書くだとか、むしろプログラムっぽいと思います。逆にPRISMSや初期のHoudiniって、レゴとか電子ブロックみたいなんです。確かにロジックで詰めて行く必要はありますが、それがものすごくわかりやすくて、ある種感覚的に構築できる。それが私にとっては面白かったんです。高校入った直後ぐらいまでは理工系に進もうかと思っていたくらいなので、ロジカルであることは大好きだし、だからコンピュータに手を出したりしたんだと思うんです。

増尾 隆幸 氏

野口:PRISMSを使い始めると、完全にワークステーション化する必要が出てきますが、それはどのタイミングでしたか?

増尾: 約1年後ですね。Personal IRIS 4D/25を最初に買って途中でアップグレードがあって35に上げて、しばらくしてIRIS Indigoが出たので、これをサブマシンとして入れて、これで他のメンバーがPRISMS使えるようになりました。

野口:1年でサブマシンを2台も入れられるほどお仕事が順調だったんですね。

増尾:土木系のシミュレーションとゲームの仕事が多かったですね。PRISMSユーザーであったナムコさんのサポートをしがてらアーケードゲームの『アルペンレーサー』のグラフィック作成のお手伝いをしたり、SEGAサターンやPlaystationのゲームムービーを作ったり。この5~6年ぐらいの間がSGIを使っていた時代で、2000年にはもうほとんどPCを使っていました。HoudiniもSGI版だけだったのがWindows版が出て、その頃はもうIndyよりもWindows マシンの方が速かったです。一応SGI O2までは使っていましたが。CM「サッポロ黒ラベル 温泉卓球編」(※12)は1999年に作っていたのですが、その頃からHoudiniだけだと生産効率が悪いとかショートスパンの仕事の時に仕事がしづらかったりして3ds Maxを入れて2ライン体制にしています。

(※12)「サッポロ黒ラベル 温泉卓球編」
サッポロビールのTVCM。山崎努と豊川悦司が温泉場で卓球をする姿をハイスピードカメラを使い、ケレン味たっぷりの激闘風味に演出した。ピンポン玉などにCGが用いられている。2000年1月の箱根駅伝放送中に流れ、全国的に大きな話題をさらい、好評につきシリーズ化され第5弾まで作られた。第40回ACCグランプリほか受賞多数。演出:中島哲也。

増尾 隆幸 氏

2020年代のCGアニメーションに迫る危機とは?

野口:「サッポロ黒ラベル 温泉卓球編」は大流行しましたね!

増尾:あの頃はまだルーデンスはほとんどCM仕事をしていなかったんです。映像業界とは何のつながりもなくて広告代理店や制作会社とのコネクションも全然なかったけれど、いつかは手掛けたいとは思っていました。そんなときに、古い知り合いがイメージスタジオ109でCG部を立ち上げる時に当時作っていた『吸血鬼ハンターD』(PlayStation用ソフト)のムービーをデモテープみたいにして渡したら、エディタの長島正弘さんがそれを見て評価してくれて、中島哲也監督に推薦して下さったんです。でも当時の中島監督はCGに最初は否定的でね(笑)。渋々「こいつらにやらせてやるか」みたいな感じだったのですが、テストを出したら気に入ってくれて、後に映画『渇き。』(2014年)までご一緒させていただきました。当時、「黒ラベル」をやったおかげでCMの仕事も1年ぐらいかけて徐々に増えて、実写VFX部門も軌道に乗っていきました。

野口:ルーデンスは最大でどのくらいの規模になったんですか?

増尾:『パコと魔法の絵本』(2008年)の頃の25人が最大かな。でも映画は半分で、残りはCMをやっていました。ほとんどは社内で回していたので、メチャメチャ忙しかったけれども楽しかったですよ。

野口:それまで独立系だったルーデンスですが、2007年にはTYOグループ入りしますが、この理由について教えていただけますか?

増尾:もともと私自身は経営には興味がなかったんです。最初に言ったように、CGを描きたくてコンピュータを買うために会社を作っただけなので(笑)。丁度大規模なプロジェクトの話が有って、けれど何億ものバジェットのビジネスを1人で切り盛りするのは荷が重くて、経営者のパートナーはずっとほしいと思っていたんです。それで、「黒ラベル」のCMの制作会社サッソフィルムズの宝田晴夫社長がまたTYOグループに戻っていて、そのときにTYOグループがどんどん規模を拡大していて利害が一致するだろうと云うことでM&Aを受けました。当社がグループ入りして直ぐ後に円谷プロもグループ入りして、こちらとしては経営管理を任せて、自分はもう少し上のレイヤーでクリエイティブを行おうと思っていた矢先に、リーマンショックが起きてグループ全体で経営管理が厳しくなってしまったんです。ルーデンス自身は当初の理念を変えるつもりは無く規模・売上もあまり変わらなかったのですが、TYOは2012年7月に葵プロモーションと経営統合し、共同持株会社を作ったりとCM業界は厳しさが増していきました。

増尾 隆幸 氏

野口:そして2021年にはルーデンスとデジタル・ガーデン、メディア・ガーデン、TTRの4社が合併し、TREE Digital Studioとなりルーデンス事業部となりました。

増尾:正直、私もそろそろ世代交代が必要かなと思っていたところでした。「うちにしかできないハイクオリティな CG 制作をすること」をモットーとしていたのですが、ルーデンスがルーデンスらしくあり得る時代ではなくなってきたんですよね。「CGは画造りである」というのが私の重要なキーワードだったんですよ。でも、大きなグループでの仕事となるとビジネスを優先せざるを得なくなって、画作りでチャレンジする機会がどんどん減ってきて、それはルーデンスがやるべき仕事じゃないと思うことが増えてきました。私がCGディレクターとして関わる時は、まず監督がいて、その先にいるお客さんが何を望んでいるのかをできるだけ早く理解し、それを達成するため必ずプラスアルファを足すような仕事をするのがルーデンス流だと思っていました。だけど、ウチのスタッフでもそのニーズを把握するのは思いの外、苦手だったことに気づきました。

野口:技術だけではなく、流儀の継承といいますか、そこは他のCG会社のベテランも皆さん危惧されているとお話されます。

増尾:大変難しい問題ですよね。だからといって、スタッフの生活に対する責任もあるので、私がいなくなったときのことを考えるとこの規模では心許ない。そこで、組織を維持するために合併にサインをしたというわけです。

野口:そして現在、増尾さんはまた1人のクリエイターに立ち戻り、大ヒット映画『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』(※13)のCGディレクターとして活躍されています。

(※13)『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』
富野由悠季が1989年に著した小説を3部作の劇場アニメで描く作品。2021年に第1部が公開されるとリアリティのあるドラマ作りや演出が話題となり大ヒットを記録。興行収入22億円を突破した。監督:村瀬修功。

増尾 隆幸 氏

増尾:イラストレーター時代にガンダム(MSV)のカラーリングやメカニカルマーキングデザイン、ガンプラの箱絵などを担当したり、折に触れてCGのガンダム作品のディレクションをしていましたので、アニメに戻ってきたという感じです。これは実写映画の世界で生きてきた人間として思うのですが、世界に対して日本発の映像コンテンツとして売れるのは、キャラクターという形で民族性を抽象化した表現であるアニメが最適解なのではないかと思います。

野口:増尾さんはフルCGアニメに携わってこられましたが、作画アニメの制作現場に入ったのは近年になってからですよね。そこで何か見えてくるものはありましたか?

増尾:一言にアニメと言っても作画アニメと3Dのアニメは全く別のものなんだなと思いました。正直にいえば、今の日本の3Dアニメは従来の作画アニメの歴史のなかで培ってきた優秀な部分が欠落して、類型化・パターン化をしている、ただの量産システムになってるような気がします。何か根本的に変えないと、今後もう面白いものは作れなくなんじゃないか。過去の知識を知らないがゆえに、「これでいいんでしょ」と思っている人間が多すぎるんです。先輩のやっていることに何か秘密があるに違いないと、一歩でも近づきたくて必死に背伸びをする姿勢が見られない気がします。今はなまじ情報がたくさんあるがゆえに、ターゲットのレベルを無理のない範囲に下げているのではないかと感じます。一生懸命探して、頭を使って想像して、1+1がたとえマイナス3になるかもしれないけれども、5や10にもなるかもしれない。僕は1+1で2になるのが一番嫌い。今、その流れを変えないといけない。プラグイン探して持ってくればいいという考え方は確かに効率的かもしれないけれど、それでは自分で作り出すクリエイティブ力は養えないと思うんです。だいたい、それでは作っていて面白くないでしょう?

野口:確かにこの1~2年そこに陥ってしまっているようが気がしています。増尾さんのご指摘はもっともで、経営するためには量産せざるを得ないんですよね。すると、赤字でも面白い表現にチャレンジするということはできなくなって、量産化された企画ばかりになってしまう。むしろ作画アニメの方が企画に投資されているので、面白い作品が増えているように思います。とはいえ、単価はCGアニメよりも安いので難しい岐路に立たされています。

増尾:中国のCGアニメがスゴいことになっているんですよ。先日、『ナタ転生』(※14)を薦められて見たのですが、ドラマづくりからタメツメのアニメーション、エフェクト表現も含めて素晴らしい出来でした。ただ、作画系のアニメはまだ負けていないと思います。おそらく3Dアニメがこれからビジネス的には伸びるのでしょうけれども、むしろ私は2Dを何とかしたいと思っています。作画は作画で腕の良い人がいなくなっているので、非常に危機的な状況ではあります。今ならまだ何とか対処ができるけれども、ここで下手を打つとすべてダメになりかねません。『ハサウェイ』の現場は2年以上付き合って、本当に良い出来の作品になったけれども、レガシーな制作システムの問題点も見えてきました。これを改善できるんだったら改善したいし、そこに気づいている人はあまり多くないので、それを指摘するのは自分が最適なのかもと思いました。時の流れとして、優秀な作画アニメーターはどんどん減っていきますので、まだいるうちにその良さを何とか吸収できたらなと思っています。結局、デジタルで管理せざるを得ないと思うから、そことのパイプを繋いで行きたいかなと。

(※14)『ナタ転生』
中国の古典小説「封神演義」に登場する戦神ナタを題材に描く3DCGアニメーション。2020年製作。監督:チャオ・ジー。制作スタジオは『白蛇:縁起』で知られる追光動画。アヌシー国際アニメーション映画祭ではWIP部門にノミネートされる。中国国内で興行収入83億円を記録した。現在Netflixで配信中。

増尾 隆幸 氏

野口:危機感を持っているプロデューサーもいるにはいて、ようやく動画を国内で描かせる動きがでてきました。

増尾:そうですね。あとは管理システムの問題。制作スタッフ個人の記憶力に頼っている部分が多すぎるので、ワークフローのパイプラインはデジタルをベースに構築すべきだし、その中でアナログの人たちがストレスを感じないようなシステムを作って、「気がついたらデジタル流儀に乗っていた」という風にできないかなと思ってるんですよね(笑)。やっぱりアナログ作画って目に見えない時間があるから、その結果がデジタル作業の時間に跳ね返ってくるし、そこでのロスが発生しないためにどうすればいいかを考える必要があります。あと、『ハサウェイ』ではモビルスーツの表現にPencil+で線を入れているのですが、それをモデルベースでコントロールしたり、それができないときにはAfter Effectsでかなり手を入れてアウトラインのルックを作っていました。すると3ds MaxとPencil+の依存になってしまい、スケジュールが押してしまってお願いしたいCG会社に頼めなかったということが実際にありました。

野口:技術も大事ですが人や工程管理をきちんとしないと、クオリティ高いものが作れるはずの現場でも作れなくなってしまうことになります。

増尾:例えばゲームエンジンの使用方法とか。あとはUSD(※15)ベースに可能性を感じるんですよね。それでソフト依存をなくすことができるんじゃないか。まだちょっと早いかもしれないけど、面白そうだなと思っています。後はパイプライン化した時にひとつしっかりしたシステムができれば、かなり現場の負荷が減ると思っています。『ハサウェイ』は制作現場のプロデューサーも問題意識を持っていて、やりたいと思っていることが私と一致していました。しかもありがたいことに2作目、3作目と作れるので長期スパンの中で改善ができそうな気がします。これが置き土産になれば良いなと思います。

(※15)USD
Universal Scene Description。ピクサーが開発した、3Dシーンを記述するためのファイル形式(.usd )。データは非破壊編集が可能で、コンカレント(並行)パイプラインを構築することができる。Maya、Houdini、Unity、UEなど主要CGソフトに対応。

増尾 隆幸 氏

クレジットリスト:
1978~1980 東映『スパイダーマン』『デンジマン』モンスターデザイン
1979 テレビアニメ『宇宙空母ブルーノア』メカデザイン
1980~ 朝日ソノラマ『宇宙船』雑誌タイトルロゴデザイン、コラム連載
1981 テレビアニメ『百獣王ゴライオン』メカ・キャラクターデザイン
1982 東映『宇宙刑事ギャバン』コンセプトアート、サブキャラクターデザイン
1981~1985 アニメ『機動戦士ガンダム』MSV(モビルスーツバリエーション) 各種デザイン
1999~2002『ウルトラマンティガ&ウルトラマンダイナ』『ウルトラマンガイア」『ウルトラマンティガ ~THE FINAL ODYSSEY~』『ウルトラマンコスモス ~THE BLUE PLANET~』CGディレクター
2000〜 CM サッポロ黒ラベル「温泉卓球篇」シリーズCGディレクター
2000 富士急ハイランド『GUNDAM THE RIDEー宇宙要塞A BAOA QU-』CGディレクター
2001 バンダイ・サンライズ『GUNDAM EVOLVE 2 RX-178 GUNDAM Mk-II』、『GUNDAM EVOLVE 5 RX-93 νGUNDAM』監督
2003 映画『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ~東京SOS』CGディレクター
2004 映画『下妻物語』CGディレクター
2004 映画『ゴジラ FINAL WARS』CGディレクター
2005 アニメ映画『銀色の髪のアギト』 CG監督
2006 映画『嫌われ松子の一生』 CGディレクター
2008 映画『パコと魔法の絵本』 CGディレクター
2010 映画『告白』CGディレクター
2012 お台場ガンダムフロント東京 DOME-G映像『GUNDAM DIVE INTO THE FRONTLINE』監督
2014 映画『渇き。』CGディレクター
2017 アニメ映画『虐殺器官』 CGディレクター
2017 Short Film『ブレードランナー ブラックアウト2022』CGディレクター
2021 アニメ映画『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』 CGディレクター

増尾 隆幸 氏

増尾 隆幸(Ryuko Masuo)

京都市立芸術大学美術学部を卒業。フリーランスのイラストレーターとして活動後、1990年3月に、ルーデンス(現TREE Digital Studio ルーデンス事業部)を設立。CMや映画、イベント映像を中心に数多くの作品のCG制作とディレクションを手がけてきた。2020年末でルーデンス代表を退任し、現在フリーのCGディレクター、アーティストとして活動中。

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INTERVIEWER : 野口光一(東映アニメーション)、新和也(オートデスク)
EDIT : 日詰明嘉
PHOTO : 弘田充
LOCATION : WeWork東急四谷

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