トレンド&テクノロジー / Scene-linear Workflow/ACES
第2回:トラディショナルワークフロー

2014.01.06
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シーンリニアワークフロー/ACESは、シーンリニア画像を軸としたカラーパイプラインによるワークフローです。シーンリニア画像は現実のシーンの光を相対的に参照した画像であり、コンテクストに左右される好ましさのような感覚値を含んでいません。ISO規格*1では、画像の状態を表す用語をイメージステートと呼びますが、シーンリニア画像はシーンリファードイメージステート( scene-referred image state )に分類出来ます。では、シーンリニアワークフローが普及する以前は、どのようなイメージステートのワークフローであったのでしょうか。


ISO 22028-1に掲載されたイメージステートの関係図
ISO 22028-1. " Image state diagram showing relationship between various types of colour encodings " 2004. p6

従来の映像制作ワークフローでは、カメラによって生成された映像をディスプレイに映し出し、それを観察しながら、デジタル画像処理をおこない、処理結果を画像に含ませていました。そこで生成される画像データには、カメラの技術仕様、ディスプレイの技術仕様及び観察環境、画像処理を加えるアーティストの好ましさや作品のコンテクストなど、映像作品に関する全ての要素が複雑に絡み合っており、これはコンピュータグラフィックス画像にも同様にみられます。このようなワークフローで生み出された画像は全て、アウトプットリファードイメージステート( output-referred image state )に大別できます。

アウトプットリファード画像を用いたワークフローが大きく依存することになる現実のディスプレイには、標準的な技術仕様が存在します。一般的なディスプレイでは、入力されるコード値(X)と出力される輝度(Y)の関係は、簡単なべき関数(Y=Xγ)において近似可能な特性を有します。このべき関数の指数の値をガンマと呼び、従来の映像制作のマスタモニタであったCRT( ブラウン管 )を例に挙げると、約2.4のガンマでその特性を近似させることができます。ビデオやCGIをディスプレイに表示する際は、必ずこのディスプレイのガンマ特性がつきまとうことになります*2。

一方でディスプレイを観察する人間の視覚( human vision )には、どのような特性があるのでしょうか。光を観察する時、人間の視覚特性には約1%の輝度変化に対するスレショルドが存在します。このスレショルドを超えると滑らかな階調に見えずに階段状の階調( banding artifacts )が観察されます。仮にディスプレイのガンマ特性が線形である 8-bit ディスプレイ( 256 階調 )では、コード値 100 より下部のミッドトーンからシャドウにかけて、このようなアーティファクトが観察されやすくなります*3。視覚の明度関数は、明度と輝度の関係のべき関数として表すと約1/2.3 となり、CRTの逆特性と近似します*4。そのため、OpenEXRのような豊かな階調を保つことが困難である8-bit のアウトプットリファード画像を用いたトラディショナルワークフローであっても、CRTのようなガンマ特性を持つディスプレイを用いることで、画像が自ずと視覚特性と近似した効率的なコード値を持つようになり、その結果、かろうじて視覚的要求を満たす映像制作が実現されてきました。デジタルシネマにおいても、SMPTEのガイドライン*5にあるような視覚の研究に基づいて、プロジェクタの技術仕様のひとつであるガンマ2.6が決定されています*5。


“ Color and Mastering for Digital Cinema ”に掲載された人間のコントラスト知覚の領域と様々なガンマエンコーディング
Color and Mastering for Digital Cinema. " Human Vision Modulation Threshold and Equations with Various Gamma Values " 2006. p50 *6

トラディショナルワークフローにおいては、デジタル機器の特性やアーティストの主観といった要素が常に不可分のものとして存在していました。これは絵画や彫刻のようなトラディショナルアートのアナログプロセスがそのままデジタルに置き換わった混沌とした映像制作と言えます。一方、現実世界の物理的特性に基づくシーンリニアーワークフローでは、これまでの混沌とした映像制作プロセスを細分化し、機器の特性やアーティストの主観などを一旦取り去ることにより、客観的且つ普遍的な映像制作が可能になります。ここで強調したいのは、シーンリニアワークフローが物理的かつ客観的でありながらも、人間の視覚のメカニズムに基づいている点です。 シーンリニアワークフローでは、デジタル画像を物理的に正確なデータに統一した上で、このシーンリニアデータに対して人間の感覚に基づく視覚効果(ヴィジュアルエフェクツ)を加えることで、これまでにない生き生きとしたVFX映像を生み出すことができます。さらに、シーンリニアワークフローを土台にすることで、心理学者やエンジニアといった他の領域の最先端の研究者との恊働が可能になります。

トラディショナルワークフローからシーンリニアワークフローへの移行は、培われてきたアーティストの主観に基づく諸要素を捨て去るという厳しいプロセスを伴います。アーティストの感覚や感性、あるいは想像力を留保することで初めてシーンリニアワークフローが成立します。そのため、このドラスティックな移行は極めて慎重におこなわれる必要があるのです。

1) ISO 22028-1. “Photography and graphic technology — Extended colour encodings for digital image storage, manipulation and interchange — Part 1: Architecture and requirements” 2004.

2) Charles Poynton. ‘Gamma in CRT physics’ in “Digital Video and HD, Second Edition: Algorithms and Interfaces” Kindle Edition. 2012.

3) Charles Poynton. ‘The “ code 100 ” problem and nonlinear image encoding’ in “Digital Video and HD, Second Edition: Algorithms and Interfaces” Kindle Edition. 2012.

4) 加藤直哉. ソニー株式会社 “カラーイメージング” p52. 2004.

5) SMPTE EG 432-1-2007. ‘Reason for the Constant 2.6’ in “Digital Source Processing — Color Processing for D-Cinema” 2007.

6) Glenn Kennel. ‘Transfer Function’ in “Color and Mastering for Digital Cinema” 2006.

著者

亀村 文彦

亀村 文彦

Logoscope Ltd. 代表取締役/テクニカルアーティスト

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