トレンド&テクノロジー / 冨田和弘が斬る!建築ビジュアライゼーション業界
第28回:リスクプレミアムを取っていますか?
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2020年、東京オリンピックが決まりましたね~。本コラムが予定より1ヶ月遅れとなっているので、タイムラグが大きすぎて何を今頃とお叱りを受けそうですが、これで暫くは建築・土木業は何とかなるでしょう(少なくともマイナス成長は無いと思っていますが)。昨年末からのアベノミクス効果と相まって景気が良くなってきている事を実感しだしている今日この頃ですが、読者諸兄の近況は如何でしょうか。景気が良くなっている事を実感するのは、これまでと同じような仕事でもボリュームが増え予算が上がっている事や、営業下手でこれと言って新期の営業活動を行っていないにも関わらず、これまで縁の無かったクライアントから依頼が来たりと、お陰様で弊社は順調に仕事をさせて頂いています。この流れが続くことを祈りつつ、今回の話に移ろうかと思います。
皆さんはリスクプレミアムという言葉を知っていますか? 私はかれこれ10年位前に経済の本で覚えた言葉です。内容を聞けば「な~んだ、良く有る話じゃない」と思うかも知れませんが、意識してこの考えを実践しているかと問われればどうでしょう? 今回はビジュアライゼーションのフィーの話の1つとして、リスクプレミアムのお話しをしたいと思います。
リスクプレミアムとは?
リスクプレミアムの話をするにあたって私の事例を挙げたいと思います。最近の話ですが、とある不動産業者に営業に行った際の話です。営業と言っても飛び込みでは無く(そんな勇気私にはありません)、その会社とはある研究会で知り合ったのですが、AR(Augmented Reality:拡張現実)に興味を持たれてて自社の仕事に活用できないかと考えられていたので、私がARの提案をする事になって会社にお邪魔しました。ARのプレゼンを終え、私の日頃の業務を紹介する話になりました。ひとしきり私の仕事の成果品を説明しながら見せていたところ、アニメーションに興味を持たれたようで質問が投げかけられました。
不動産業者
「素晴らしいアニメーションですね。これを作ろうとしたらどの位の時間・費用がかかりますか?」
私
「そうですね~、期間はまちまちですが、短い時で1週間もあれば制作可能です」。
「費用は1週間で○○円位でしょうか。内容によって○○円位のプラスαが発生しますが」。
不動産業者
「実は直近に、とあるプロジェクトのプレゼンテーションがあります」。
「その際、見せてもらったアニメーションを使うと非常に効果的かと思って」。
「このプロジェクトは仕掛けている最中なので関係者は手弁当で動いています」。
「とは言え無償ではお願い出来ないと思うので、先ほどの提示額の半額では出来ないでしょうか」。
私
「.......」。
不動産業者
「もちろん、仕事が取れた際には相応の金額を成功報酬としてお支払いしますが」。
私
「お受けします」。
と言った流れで結局アニメーションの仕事を受けることにしたんですが、これがリスクプレミアムを取った契約です。何の事を指しているかお分かりですよね。そう成功報酬の事です。こちらは正規の見積の半額で仕事を受けています。流石に半額まで金額が下がると結構な赤字になります。勿論成功報酬は保証して貰っていますが、仕事が取れる保証は何処にもありません。赤字になるかもというリスクを背負う代わりに、そのリスクに見合ったプレミアム(ここでは成功報酬)を保証して下さいという事です。リスクに見合ったプレミアムを付ける訳ですから、元の見積に対して残り半分を成功報酬として設定しても、本来当然享受すべきフィーである訳ですから、それはプレミアムにはなりません。最低でも元の見積の1.5~2倍程度の金額をプレミアムとしなければリスクプレミアムとは呼べません。ビジネスの世界ではリスクプレミアムはごく一般的な考え方です。この件で私から何も言わなくてもリスクプレミアムを提示した不動産業者は、至極まっとうなビジネスをされている方だということが分かります。実際この件では成功報酬の額を決めずに仕事を受けたためリスクプレミアムを取った契約をした訳では無かったのですが、後日不動産業者から連絡があり、リスクプレミアムとして十分な額の提示を頂けたので、結果的にリスクプレミアムを取った契約が出来ました。これは真っ当なビジネスをしているクライアント(不動産業者)であった事がこの契約をもたらしました。
リスクプレミアムを見過ごしている?
実例を挙げてリスクプレミアムの話をしましたが、みなさんは普段リスクプレミアムを考えてフィーの交渉を行っていますか? そもそもそんな話は普段の自分の業務では殆ど出来ないと思った方もいらっしゃるとは思いますが、本当にそうですか?
普段の業務で設計のプロポーザルやコンペのパースやアニメーション等を制作されている方は多いと思います。その際、フィーの話の時にクライアントから「プロポ(コンペ)だから予算があまり無いんだ。だからパース(アニメ)はこの位の金額でお願い出来ないだろうか」というような話をされたことはありませんか? また、「プロポ(コンペ)だからこんなもんだよな。仕方ないか。」と思って当たり前のように仕事を受けていませんか?
良く考えてみて下さい。このやり取りには問題があります。もうお分かりかと思いますが、リスクプレミアムの話が出てきていません。このプロポ(コンペ)は、仕事が受注出来ると結構な設計費(ゼネンコンで設計施工の受注であればかなりの金額)が設計会社に入ります。もともと予算があまり無いから安くと言って話を持ちかけている訳ですから、受注出来た際には予算を理由に払っていなかった分は支払って然るべきです。更にはCG制作者は赤字というリスクを取って安く請け負っている訳ですからそれ相応の報酬(リスクプレミアム)を望んでも何らおかしな話ではありません。
話を具体的にするため、あるコンペでパースを5枚発注し、フィーはCG業者の見積で15万/1カット、設計者の提示が10万/カットと仮定します。そうすると見積で75万になる制作を50万で受けるのなら、コンペが取れた際に成果報酬としてプラス50~100万を要求してもおかしくない話です。クライアントにとってもコンペは取れるかどうか分からないので、コンペにかかる経費はリスクとなりますが、取れた場合の実入りも多いのでリスクプレミアムを織り込み済みでプロジェクトを動かしていると言えます。
リスクという話にフォーカスするとCG制作者はクライアントのリスクヘッジに利用されているという見方もできます。例えばこのパースをクライアント側で内製するとします。外注が15万/カットで見積もれる仕事も社員が手を出すと、会社の規模や社員の時間単価にもよりますが、簡単に2~3倍くらいの金額になります。内製した場合の金額を30万/カットと設定すると、外注しただけでコンペ経費を75万安く出来ます。1つのコンペで75万前後の軽減が出来ますので、平行で多数のコンペを行っているクライアントに取っては馬鹿にならない額です。外注するだけでコスト的なリスクヘッジを取っていながら更に5万減額して25万のコストを下げている訳です。この25万はCG制作者側の正当な報酬から差し引かれて生み出されている金額ですから、CG制作者もいわれのないリスクを一蓮托生で負わされていることになります。この点からもリスクプレミアムを要求する正当性はご理解いただけるのでは思います。
リスクプレミアムを取れるの?
リスクプレミアムの具体例をお話ししましたが、どのような受け止め方をされたでしょうか。「自分の抱えている仕事でリスクプレミアムを要求するのは無理だな」と考える方が多いのではないかと思います。では実際に取れるのかという問題に突き当たる訳ですが、現実は諸要因が絡みそう簡単ではないだろうなとは思います。しかし普段はリスクプレミアムの話を出せないにしろ、この考え方は頭の片隅においてフィーの交渉はすべきだと思います。そうすればより適正な業務の報酬が見えてくんじゃないでしょうか。またパースの金額が決まった以降に、「今回コンペが取れなかったから減額してくれない?」と持ちかけられたことは無いですか? お分かりのようにクライアントが最初からこの様な考えでいたのならフィーの取り決め時にリスクプレミアムを設定して然るべきであり言語道断です。この様な際はクライアントと徹底的に戦って下さい。そうしないと明日は無い気がしてきてしまいます。
心構えだけ語っても仕方ないので私の直近の実例を冒頭でお話ししました。今後を考えると此方から提示しづらく思えるリスクプレミアムも、クライアントがまともなら先方から切り出してくれる場合があります(冒頭の件では、提示が無かった場合は、当然此方から提案していましたが)。別の例ではこういう事もありました。そのクライアントから最初に来た仕事は基本設計に入ってからのパース制作で、私の場合はコンペよりも3~4割増しのフィーを取っています。コンペ時よりは高いとは言え、ディテールが結構入ってくるためもう少しフィーを上げたいところですが、諸事情を鑑みればこの辺りが落としどころかと思っていました。パースを気にいって貰えたのか、暫くして何件か連続で仕事を頂きました。その区切りとなる仕事でコンペ用のパースを描いた際に件のクライアントはこう切り出しました。「いつも安く受けて貰って申し訳ない。このプロジェクトは予算があるから、これまでの分を乗せて見積を出して下さい」と。結局パースを一枚しか描きませんでしたが、3枚分近くのフィーを支払ってくれました。この話をリスクプレミアムと言っていいのかというのはありますが、設計者が良識人(本当に良い方です)であれば、普段の価格設定が安いと思ってくれていれば、こういった形でプレミアムを支払ってくれるのです。
設計・アニメーション制作:Next Picture
最後に
ここまで読まれて読者の方はどう思われましたか? これまで話した事は筆者だけにもたらされた幸運でしょうか? 日本ではお金の話をシビアにすると煙たがられる傾向にあります。相手がまともだと、不明瞭なまま取引をしても帳尻を合わせてくれる事がありますが、不明瞭さを自分の利益に変えようともくろむ輩が大多数であることは否めません。建築ビジュアライゼーション業界が潤っているとは言い難い昨今、リスクプレミアムくらいは主張していかないと業界はシュリンクしていくばかりと考えますが如何でしょうか。
今回掲載したCGはアニメーションからの切り出しです。本当はリスクプレミアムの話の中で制作したものを載せたいのですが、諸事情で出来ません。悪しからず。という訳なのでこのアニメーションは習作です。習作とはいえこいつのお陰で色々助けられてます。この辺りのお話しはまた次回にでも。