建築ビジュアライゼーションの最も重要な役割は、デザインプロセスを円滑に進め、 すべての関係者の合意を形成することだ
建築でのCGの利用状況は遅れている。現在の使われ方が間違っているわけではないが、デジタルデータの有効活用の面からも、もっとさまざまな状況で利用されるようにならないと本当にCGが浸透したとはいえない。多く利用されているパースやアニメーションも、表現手法の乏しさからビジュアライゼーションの有効活用には至っていない。ビジュアライゼーションの目的は業種に関係なく同じだから、建築が遅れていてよい理由もない。
建築ビジュアライゼーションの最も重要な役割は、目に見える形でデザインプロセスを円滑に進め、建物の竣工まで(時には竣工後まで)にかかわるすべての人間の合意形成を得ることだ。だが、そこに表現されるものには、建築業務のフェーズやシチュエーション、設計担当者の考えや嗜好などによって異なる答えが求められるため、全体像が見えにくい。
下図は建築業務フローでのビジュアライゼーションの活用領域と内容、有効利用が考えられる項目をピックアップしたものだ。現在、広く利用されているのはコンペと竣工近くのパースやアニメーション、シミュレーションだ。だが、これでは不十分で(図の)グリーンの領域で使われてこそ、デザインプロセスでの有効活用が可能になる。イエローの領域も多様な表現手法を用いれば利用範囲はさらに広がるはずだ。潜在ニーズのある領域でフル活用され、想定もしないような使い方がされて建築ビジュアライゼーションの本当の姿は見えてくるだろう。
次項ではこの建築フェーズを切り口に、利用目的によって建築CGがどう使われているか、使えるかを述べていく。
ポンチ絵レベルのモデルへの着彩が新鮮な効果を生む 企画/計画段階で生きるラフスケッチレンダリング、ホワイトモデル
企画/計画段階は本来、最もビジュアライゼーションが活用されるべきフェーズだが、現状は寂しい限りだ。この段階での建築物のデザインは設計者の頭の中にあり、アウトプットが少ない時期なので、精緻なパースを作ることは無理がある。だが、簡便なモデルを作成し、レタッチで着彩することでデザイン検討用としてのパースを作成することはできる。レンダリングは隠線消去レベルで問題ないし、あるシーンだけを想定すればよいため、モデル量も少なくて済む。現状は設計者が手書きするケースが一般的だろうが、レタッチによって色調を簡単に変更できるため、デザイン検討ツールとしての利便性は高い。 もう少し設計が進めばホワイトモデルによるデザイン検討が可能になる。モデル全体を白でレンダリングしたものを指すが、ラジオシティでレンダリングしたものを3ds Max 上でリアルタイムプレビューを行えば、スタイロ模型を使ったデザイン検討と同等以上のことができる。
この段階では絵にするものがないように思われるが、ポンチ絵程度のものもこの段階で3次元化を念頭に設計を進めていれば制作は十分可能だ。図のような多彩な表現は、プロポーザルの観点でも及第点以上の活躍の場がある。 制作 : 西川修(デジタルスケッチ倶楽部)
形状だけモデリングしたものを3ds Maxでリアルタイムプレビューを 行うと、スタイロ模型代わりのデザイン検討ツールに早代わりする。さ らにGI(グローバルイルミネーション)によるレンダリングを施せばテ クスチャはないものの質感の高いレンダリングが可能で、レタッチソフ トでのよりリアルなカラースキームも行える。
有機的デザインの建築物のビジュアライゼーション要請に応える 企画/計画段階〜コンペ段階のコンセプトデザイン制作に対応する3ds Max
国際的なコンペでは有機的なデザインでないと勝てないという声を(筆者は)聞く。広まるのか一過性かはわからないが、現実に増えている複雑な形状の建築物は表現しなければならない。設計の場面でも図面ベースの2次元手法では対処できず、企画/計画段階から3次元のしかも自由曲面を扱えるソフトが必要だ。自由曲面モデラーでモデリングし、3ds Maxでレンダリングする海外事例を耳にしていたので、その制作フローでないと不可能だと思い込んでいた。しかし実は、3ds Maxだけで有機的なデザインの建築は表現できるのだった。柔軟なモデリング機能はそのままに、自由曲面も扱えるわけだから3ds Maxユーザーには問題なく使える。1本のソフトでモデリング/レンダリングが完結するメリットは何より大きい。
クライアントがイメージする建築世界を多様に表現する コンペ段階でクライアントを動かすコンセプチュアルパース/アニメーション
コンペ段階ではさまざまなアウトプットが行われ、ビジュアライゼーションの有効利用が進んでいるフェーズといえる。だが、表現の多様性といった側面からするとビジュアライゼーションへのアプローチは弱いという印象がある。ここでいう多様性とは、表現の種類(手書きやCG、その混合など)を指すのではなくて、クライアントがイメージする建築の世界を的確な表現でビジュアライゼーションするプロセスや表現内容のことだ。 筆者はこれをコンセプチュアルパース/アニメーションなどと呼んでいる。これが可能になると、技術的には単純な手法でもクライアントには最良の表現のため、無駄な時間的コストを省ける上、熾烈なコスト競争に巻き込まず仕事を確保できるようになる。
アニメーションも日本の建築アニメによくある1本のカメラパスでじっくり建築を見せる手法だけではなく、スピードの強弱や柔軟なカメラパスで伝えたい内容を効果的に表現することが可能だ。
デザインから構造検証、熱/流体/空調の解析まで コンペ段階〜施工段階のさまざまなシーンで活用できるシミュレーション
コンペから施工段階ではシミュレーションが最もポピュラーなビジュアライゼーションの活用法だ。各フェーズによって内容や表現はさまざまだが、シミュレーションの内容や出来が実際に建つ建築物に直接影響するため非常に重要だ。 デザインコンシャスな面を多く取り上げてビジュアライゼーションを解説してきたが、構造や設備などの観点からの利用も積極的に行われている。例えば耐震性能を示す場合、難しいグラフなどで説明されるよりは、揺れをCGでビジュアルに表現したほうがはるかにわかりやすい。空調などの流体のシミュレーションは目に見えない世界だけに効果は高い。施工段階に入れば仮設計画や、タワークレーンの可動範囲の検証など枚挙にいとまがない。 デザイン面に話を戻せば、リアルな表現とはすなわちデザインシミュレーションでもある。ビジュアルなシミュレーションはある意味、ビジュアライゼーションすべてを指しており、このフェーズでのさまざまな表現手法やアウトプットを使ってシミュレートできることを覚えておいてほしい。
ソフトの進歩、ハードの進化、CGクリエイターらの研鑽 実施設計段階〜施工/竣工段階での飽くなきリアル表現の追求
このフェーズにおいてはどのようなアウトプットに対しても非常にリアルなビジュアライゼーションが不可欠だ。実施設計段階ではそのままデザインシミュレーションのツールとなり、施工段階ではディテールにまで踏み込んだ検証に使える。建築は現物を見て購入できないため、さまざまなフェーズでビジュアライゼーションを駆使してクライアントに説明しなければならない。それゆえ施工〜竣工ではなおさら現実に近い表現を用いなければならない。VRなどで建築を没入感をもって体験してもらうべきだが、VRにはクオリティやハードなどの課題は多い。一方、フォトリアルなアニメーションで空間を表現する手は有効だ。
パース/アニメーションとも、昨今のソフトの進歩、ハードの進化(処理速度の向上や低価格化)、CGクリエイターのスキルアップによってリアル表現の追求は著しい。
冨田 和弘
Next Picture株式会社代表。1990から2007年まで大成建設設計本部に所属し、プレゼンテーションGrのプロジェクトリーダーとして建築家原広司氏、伊東豊雄氏との多数のプロジェクトをはじめ、大規模プロジェクト・海外プロジェクト・設計コンペ等にCGディレクター及びデザイナーとして参画。2008年に株式会社未来技術研究所の建築ビジュアライゼーションセンターの所長に就任。2009年より独立し現在に至る。2006年より京都大学建築学科非常勤講師。建築ビジュアライゼーションの講演、執筆多数。一級建築士。
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