革新を続ける隈研吾建築都市設計事務所
CGチームによって実現される、まったく新しい建築とは

革新を続ける隈研吾建築都市設計事務所 CGチームによって実現される、まったく新しい建築とは
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3DCGデザイナーのための職業といえば、映画やゲームなどのエンターテインメントが真っ先に想像されるが、建築業界においても、そのニーズが増えている。かつては2D図面で行っていた設計が3Dデータで展開されることにより、3DCGだからこそ可能になる美麗なデザインがクライアントからも求められるようになった。

今回訪ねたのは、建築業界にとどまらず、世界的にその名を轟かせる隈研吾建築都市設計事務所。国産木材と鉄骨を組み合わせた構造など、既存の概念を超えたアーティスティックな建築で唯一無二の存在感を放っている。実はここには、日本の建築業界では珍しいインハウスのCGチームがある。革新的な建築を実現するこの組織における、建築とCGの関係について取材した。

建築事務所におけるCGチームの役割とは

CGチーム (左から鈴木 公雄リーダー、安 祥毅、望月 陽平、松長 知宏、菅原 史生、山本 紘代)

CGチーム (左から鈴木 公雄リーダー、安 祥毅、望月 陽平、松長 知宏、菅原 史生、山本 紘代)

----CGチームはどのくらいの規模の部署なんでしょうか?

松長:6人です。(取材当時は6人で現在7人)設計スタッフは170人くらいおり、プロジェクトの数も非常に多いですが、プロジェクトごとにCGチームの担当者が一人ついている状況なので、みな掛け持ちです。毎日誰かしら締切があるという感じですね。

----CGチームはどのようなことをされているんでしょうか。

松長:そもそも私たちの事務所では、設計スタッフのほぼ全員が3Dソフトを扱うことができます。最近では2DのCADで図面を引いたり、模型を作るのと並行して、設計スタッフが3Dでもデータを作ってしまいます。ですので、我々の仕事は、設計スタッフが作った3Dのモデルをプレゼンテーション用にレンダリングすることが主ですね。

----やはり第三者がイメージを共有しやすいのが利点でしょうね。

松長:プレゼンテーションは社内用にもお施主様用にも、いろいろな設計事務所や事業者が競って案を出すコンペティションでも必要になります。他にも力を入れているのが出版やプレスリリースで、まだ建築されていない建物を建築専門誌に掲載するパースとして準備することもあります。以前は「スタディ」という、建築案を考えるごく初期の検討段階でもCGチームが動くことがありましたが、今は設計スタッフ自らが3Dでデータを作ってしまうので、我々CGチームはさらにリッチなイメージを3ds Max(以下Max)などで作り、お化粧するという役割を担っています。

オフィスの風景

オフィスの風景

----こちらが普段製作されている環境ですね。

松長:デスク作業用には各々ワークステーション1台を、レンダリング用には1人1台使っています。自分で作業しながらレンダーを飛ばすのが基本で、コンペなど締め切りが迫っている時は共有しています。

サーキュレーターは必需品

松長氏

松長氏

----3Dを使うのはどんな理由があるんでしょう?施工主にから「イメージを見せて欲しい」という要望があるんでしょうか。

松長:圧倒的にスピードが早いのが一番ですね。設計の初期段階から3Dモデルを作っているので、今ではプレゼンテーション時にそれなりに作りこんだ3Dモデルがあるのが前提になっています。2Dだけで伝えることもある程度可能ですが、最終的に空間を作るものですから、立ち上げたものがあると、イメージを共有しやすいのが利点です。

----設計初期ですから、かなり仮の段階ですよね。

松長:そうですね、なので設計変更へ柔軟に対応できる3Dモデルである必要があります。また、設計を進めていく過程では3Dデータから展開して模型を作るという流れもあります。展開図をレーザーカッターで処理すれば、難しい形でも早く出来るんです。また、現在は3Dプリンタも導入されています。弊社には模型製作のプロフェッショナルチームもいるので、3Dデータは非常に重宝します。また、図面作成時に3Dデータで作っているものを、AutoCADで寸法などを入れて2Dの図面に落とし込むことあります。それにプラスして最近ではRevit(BIM(ビルディング インフォメーション モデリング)のソフトウェア)を使う人もいますね。

設計スタッフだけでは出来ない絵を作る

Hans Christian Andersen Museum

Hans Christian Andersen Museum

----こちらが手がけられた作品ということですが、とても美しい建築物ですね。

松長:これはデンマークの美術館「Hans Christian Andersen Museum」のコンペティション時のパースです。制作期間は最初にモデルをもらってから10日間くらい、様々な変更込みで二週間くらいでしょうか。設計スタッフだけでは出せない手のかかった作り込んだ絵をCGで作ることで、プランの説得力がもう一段二段上がるような工夫を考えています。建物本体はもちろんですが、植栽などの環境の部分にも実はかなりの時間をかけています。

----これらの植栽は写真ではなくてモデルなんですね。

松長: Photoshopと組み合わせて使ってはいますが、こうした植物の透け感をリアルに表現するのは2Dでは難しいんです。私は絵画の技法を習ったわけではないのですが、そんな私でも3Dだとレンダリングでリアルなイメージが作れるのが魅力的ですね。このプロジェクトでは、石畳の間に生えている草の調整など、細かい処理は手作業で加えています。

----様々なマテリアルが使われる御社の建築物において、樹木などのイメージは確かに重要ですね。

松長:レンダーする前は重すぎるので、この絵では木をポイントで表している状態です。最終的にカメラを設定して撮影するわけですが、アングルはやはり迷います。レンズを選んだり、煽り補正をしたり、カメラマンに近い気持ちです(笑)。

Maxと建築の相性が良い理由

----ほかにMaxはどのようなところで使われていますか?

松長:弊社で特にこだわっているのは、素材のシミュレーションですね。ガラスひとつとっても、様々な厚みの素材があるので、様々な厚みを試したり。Maxではポリゴンを編集する時に「モディファイヤ」という作業履歴を残せる形でデータを作ることが出来るので、そのあたりはやはり建築と好相性です。設計スタッフからのモデルはレンダリング用に作られたわけではないので、例えば天井に隙間があったら光が漏れてきたりもします。そういった細かなデータの手直しもモディファイヤで履歴が残せるMaxで行っています。

----設計スタッフからの修正はどのようなオーダーがありますか?

松長:例えばこのプランだと、「もうちょっと屋根を低くしたい」「木が入らないのでカメラの位置を変えたい」とか、「設計上の変更で通路の形が変わったので、その部分だけ3Dモデルを差し替えたい」というオーダーがありました。その場合はスピード優先ですので、急いで差し替えて、同じマテリアルを当てる、などを行います。

----差し替えはスムーズにいくものですか?

松長:設計スタッフが使っているモデルと、こちらの座標系を合わせておくなどの工夫をしています。でも最終的には、「ここでレンダリングを始めないと終わらない」というデッドラインを伝えておいて、出来る範囲で修正をかけるということになりますね。

----レンダリングはどのくらいの時間がかかりましたか?

松長:結構丁寧にレンダーをかけて、贅沢にマシンを使ったので一枚4~5時間くらいでしょうか。これはかなり長い例です。サイズは横5000~7000(ピクセル)だったと思います。レンダラーは基本「V-Ray」ですが、僕は「Corona」を使っています。プレビューが早いのでマテリアルを作るにとき便利なのと、レンダーしながらライティングも決めていけるところがいいんです。

光源が複数なインテリアの心強い味方

松長氏

----外側だけでなく内側、インテリアにおいてはどのような工夫をされているのでしょうか?

松長:これは同建築のインテリアです。この絵も人物を含めたほぼ全てをモデルで作っています。Photoshopでコントラストをつけたり、植栽の色に表情を持たせるために写真を重ねたりもしていますが、このプロジェクトについてはぎりぎりまで変更に耐えられるように、ほぼ最後まで3Dで進められるようにセッティングしました。Photoshopで作りこんだ後で「アングル変えて」と言われたら大変なことになるので(笑)。

----だからこそモデルで作っておく意味があるんですね。

松長:人物は市販されているMaxのデータを使っています。室内だと特に、複数の光源というのが当たり前ですから、外の自然光と室内の照明の再現のバランスにおいてはすごく助かっています。

----特に御社ですと、自然光との組み合わせや、木材のような有機的な素材とコンクリートの融合という表現で重宝しそうですね。

松長:木材で難しいのは、本物にはばらつきがあるので、同じテクスチャを張ると偽物っぽく見えてしまうということ。そこで、少しずつコントラストが変わるようなプラグインを挟んで本物のように見える工夫をしています。

レタッチとのコラボレーション

Museum of Indigenous Knowledge

Museum of Indigenous Knowledge

----続いて、レタッチのお話をお聞かせ願えれば。これはかなり想像を絶する建築ですが、、、。

望月氏

望月氏

望月:これは二年前くらいにパースを制作したプロジェクトで、フィリピン・マニラの美術館「Museum of Indigenous Knowledge」です。マネージャーから依頼されたパースのテーマは「洞窟」ということで、雰囲気のあるイメージを作っています。

----すごく壮大なイメージですが、どこから作り始めるのでしょうか?

望月:最初に設計スタッフからもらった3Dデータをもとに3ds Maxで人や壁面のツタなどを付け加えていきました。その様子が上記のイメージです。次に、素材を貼り付け、ライティング、レンダリング、Photoshopの作業に移ります。
パースの空気感を演出するのに重要な雲から決めていきました。なかなか雲の位置を決めるのが難しくて。これが最終的な雲です。

----雲が重要なんですね。

望月:そこから、雲間に鳥が飛んでいるとか、洞窟なので自然溢れる感じにするなどの調整を行います。とにかく、洞窟の写真をひたすら切り貼りしていきました。

----馴染ませる作業がかなり苦労しそうですね。

望月:洞窟の他には、人の明るさを調整したり、2Dの人を足したり。周りの色を変えて最後アジャストして仕上げます。色々パターンを出して、雰囲気を変えて、試行錯誤を経て最終提出になります。一方、こちらはインテリアの最初の段階です。

----これは実写ですか?

望月:CGのレンダリングです。洞窟の岩の感じが重要ですので、最初はざっくりと作り、写真を切り貼りしていきます。

----すごい世界観ですね。フィリピンにこれを実現するヴィジョンと予算があるのが羨ましい。世界の仕事がわかるから、日本との違いもあって面白いですね。

松長:日本の建築は制約が結構厳しいですからね。海外だと、クライアントが「いい」と言ったら実現してしまうような勢いがあります。

ーこうしたイメージを見て、さらに設計スタッフさらにイメージが膨らんで行くんでしょうね。

松長:そうであって欲しいです。良いイメージができると、設計チームもクライアントも、我々の気分も乗ってきて、ますます良い雰囲気になっていく時があるんです。なるべくそうなるように、こちらも頑張っています。

----ユニークな建材を使われるプロジェクトが多いですが、テクスチャの部分はどうされていますか?

松長:設計スタッフが持って来たサンプルの写真を撮ったり、スキャンすることもありますし、一般的な建物ではあまり使わないような変わった素材を使うときは、自分で作るしかありません。社内にあるサンプルとにらめっこして、携帯の画面を置きながら「どれくらい反射するのか?」なんて見比べながら作っています。

望月:キラキラした反射なのか、ツルツルした反射なのか。鈍い反射なのか、反射の度合いも見比べて作りますね。

松長:個人的には、スレート マテリアル エディタになってからすごく捗っています。やはり直感的に繋いでいけるのが大きい。石と土のテクスチャを混ぜて紙のテクスチャを作るという特殊な(?)スキルが身についたりします。難しいのは布や、雪の表現。CGチーム内でテクスチャを共有するなどして対応しています。

特殊な和紙のマテリアルの表現

特殊な和紙のマテリアルの表現

特殊な和紙のマテリアルの表現

ーそんなキメ細かい調整があるんですね。確かに違いますよね。

松長:素材にノイズを加えたり、ずらして貼るなどの工夫をしています。素材をランダムにするプラグインなどを使っていますね。

----工程のお話から、すごく丁寧に進めていらっしゃる印象を受けました。

松長:体制の影響はあると思います。通常、CGを作る会社ではひとつのプロジェクトを分業で受け持つことが多いと聞いていますが、弊社では一つのプロジェクトは一人が担当しています。モデルを受け取ってからMaxでイメージをレンダリングして、Photoshopでお化粧して仕上げて渡すというところまで、一人が担当しています。だから隈が思い描いている世界観を共に作り上げることが出来ているのではないかと思います。

何年にもわたるプロジェクト

制作風景

----実際の業務は、どう割り振られているんでしょうか?

松長:チームリーダーがスケジュールを調整して決めています。ですのでどのプロジェクトを担当するかはタイミング次第という部分もあります。望月はPhotoshopが得意ですが、この案件はPhotoshopをメインで使うから彼を割り振ろう、という風には進みません。たまたま手掛けた案件を数年間担当するということもあります。

----建築は一つのプロジェクトが長期にわたるので、そういうこともあるでしょうね。

松長:私も、数年前に入社した際に引き継いだプロジェクトを今もやっています。前任の担当者からモデルを引き継いで、建つのは2020年。かと思えば、コンペで負けてしまうと、もう世に出されることはない...。そうやって、日の目を浴びなかったパースはすごく多いです、総数で行ったら1万2千枚以上あります。

ーたった一回プレゼンテーションに使われただけで、公開されずに終わってしまうという...。そこにすごいアイデアが詰まっているんでしょうね。

松長:ネタ帳みたいなものですね。「この会社がこういうものを作ろうとしていた」ということも公開できないケースがほとんどですから。

制作風景

----キャリアのお話ですが、そもそもCGを始めるきっかけは何でしたか?

松長:私は元々建築学科で勉強していたんです。当時は手書きで図面を書くことを教わっていたんですが、初めて3Dを触った時に、早いしカッコいいし、極端な案があっという間に表現できるのに惹かれて。模型では簡単に作れないようなデザインでも表現できるし、こっちのほうが早くてカッコイイぞ、ということで、自分で3Dの勉強を始めました。

----学校ではなく、独学でCGを学んだんですね。

松長:はい。とはいえ、大学卒業後はしばらく金融機関に勤めていたので、建築業界に戻ってきたのは5年前です。わたしが勉強していた時よりもさらにCGの表現力が進化していたので、大好きな建築CGだけに集中してみたいと思いCGチームを希望しました。CGチームは仕事のスパンがすごく早くて、一週間ごとに新プロジェクトが始まるというリズムが面白いです。また、同じCGチームのメンバーとの情報共有もできるので、プラグインとか新しいツールの情報が手に入る環境も魅力です。

----いわゆるCGデザイナーよりも、デザインの要素が強いように思えますね。

松長:設計スタッフからはただの四角板のデータで渡されたものを、「できればパスに沿ったように石を並べて欲しい」と相談されて、手作業でタイルを一枚一枚貼り直すという作業もしています。それもこれも、いい絵が作りたいという思いからです。やっと貼り終わったと思ったら、「ごめん、仕上げが変わった」と言われるんですけど(笑)、それの繰り返しですね。

----望月さんがCGを始めたきっかけは?

望月:スタートは松長と同じで、大学の建築学科でした。最初にCGに触れたのは「SketchUp」です。そこで実際に建築のデザインをやるよりも、早く絵になるCGの方が楽しくなってしまったんですね。大学ではCGのパースはあまり教えてもらえなかったんですが、CGの楽しさが忘れられなくて、株式会社QLEAに就職しました。そこでパースの基礎というか、3sd MaxとV-ray などの使い方を学んだ後、縁あって隈事務所に転職しました。

----皆さんは設計から入っているので、やはり一般のCGデザイナーとは接し方が違うように感じますね。

望月:建築パースがやりたいから入社する、と言う人はあまりいないですね(笑)。

松長:やはり設計事務所ですから。CGチーム来るのは変わった人が多いのかな(笑)。「建築愛」みたいなものがある人のほうが設計者とのコミュニケーションが取りやすいと思います。今建築を学んでる人で、モヤモヤしている人は、ここにハマるかもしれません(笑)。

----Maxは学生版は無料ですから、是非みんなに使っていただきたいです。

松長:僕らの時代からすると羨ましいことです。Maxは懐が広いので、最初はとっつきにくいと思うんですが、半年もすれば、覚えてしまいますよ。

----今、建築にもVRやARが導入されてきていますが、今後そういった方面も行われるんでしょうか?

松長:そういう方向性も出てきていますね。VRやARでは動き回って建築を体験するので、リアルタイムでレンダリングし続けなければいけない。そうなるとまだそれなりのスペックのPCやそこそこかさばる装置が必要になります。そこがクリアされるようになるとさらに広がるでしょうね。さらにその先は、ヘッドマウントディスプレイ的な装置を付けてモデリングするようになるかもしれませんね。いまはVR酔いなどの問題もありますが、例えばVR映像の中に自分の鼻を映しこむとか、そんな少しの工夫でもだいぶ良くなるらしいので、技術の進歩に期待しています。

----そうなると、CGチームの位置付けもまた変わって来そうですね。

松長:「静止画いらないよ」と言われるかもしれない(笑)。まあ今までも、静止画のためだけに作るのはもったいないという思いもあるので、3Dの利用は色々な方面に広がっていくでしょう。

隈研吾建築都市設計事務所における膨大な建築の数々は、Webサイトで見ることができる。CGチーム部門の求人も折に触れて行っているそうだ。

http://kkaa.co.jp/

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